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いたる所で戦う

「勇者様とイシュタル様に遅れをとるな!」

 5千の歩騎の軍は、先を急いでいた。王国最精鋭の騎兵隊である。ようやく数㎞先に、魔軍に包囲された砦が見えて来た。はっきりと、攻める側の魔軍が完全に押されているのが、戦いの経験豊富な者達の目から明らかだった。

 後方から襲いかかった。

「ようやく来たようよ。援軍が来たようよ。」

砦のすぐ前で、魔族の将兵の死体の山を作り続けていたヨツユキの耳元でイシュタルが囁いた。

「後は、彼らにまかせるか。」

 そう言いながら、光弾を数発、魔軍の中心目がけて放った。浮き足立っていた周囲の魔族の兵が、その攻撃で本陣が壊滅したと思い、引き揚げ始めた。今の攻撃で魔軍の陣形は更に崩れたから、横合いからつけば容易に突き崩せると思われた。

 実際、たちまち突き崩された。魔道士達が、魔法攻撃で撤退を援護しようとしているのを見て、ヨツユキは、火球を何発か上空から落として、魔道士達の隊列を崩した。魔族の魔道士は、魔法攻撃を間に合わせることができなかった。これで、退却は整然と出来ず、総崩れでの退却となった。完全な追撃戦となり、砦からも兵が打って出た。

「今回はここまでだな。」

「そうね。」

 二人は、うっかり寄り添いかけて、慌てて離れた。

 国内、周辺諸国でヨツエキは、東奔西走で戦い続けた。常に、その傍らにイシュタルがいた。

「準備はできていますわ。さあ、勇者様。」

 完全武装した彼女を前にして、頭を深々と下げ、差し出された彼女の手を、おずおずと握る。そして、2人は光の中に消えて、救援を求めている所に現れた。救援が発出された時とその後、使者なりがついた時間差で、転移ですら間に合わなかった時も何度かあった。壊滅した砦、村、町と至る所に見える死体、そういう光景が広がっていた。その中で、イシュタルは生き残りを捜し、聖女のような笑顔で励ました。2人で、負傷者の手当てに当たったりもした。近くに残兵がいれば、復讐のためにも壊滅させた。多くの場合は、彼らの出現で形勢逆転、魔軍を撃退した。その時は、出来るだけ早く戻るが、魔軍の本隊などが別にいたりする場合や負傷者などが多すぎて、その手助けをしないといけないため、しばらく滞在しなければならくなる場合もあった。そして、あくまで、それまで戦っていた者達の功績を称えなければならない、けっして勇者の功績だけにしてはならない、ということを十分以上に配慮していた。彼らに“自分達だって”、“手柄を1人占めにされた”と思わせてはならない。かと言って、全く功績が認められなくてもいいと思われては侮られるし、支持を受ける足がかりを失うことになる。

 魔軍の追撃が終わり、2人の元にやって来た兵団に投げかける言葉は、それらに配慮するものだった。“本当に感心するほどだ…、詐欺師だな、こいつは、本当に。”

「顔を、皆の頭に焼き付けておかないと駄目でしょ?」

 2人になった時にイシュタルが囁いた。

「そうだな。勇者と女神のような王女様の顔をな。」

 “直ぐ忘れるさ、都合良く。とはいえ、やらぬよりましだが。しかし、だ…。”本当に、小さな地味なことの積み重ねで、前と変化が現れるかもしれない。いや、小さな一石が、全く異なる未来を作りあげるかもしれない。今、彼女が優しくかけた約5000人が、いや、その中の誰か1人、単なる一兵卒が、彼女のために、彼女の暗殺を防ごうと考えた、僅かでも行動しただけで全てが変わるかもしれない。それで、暗殺されない世界であることが分かったら、彼女は如何するだろうか?“あの時の覇道を目指して進んだ快感を、可能性を棄てる女ではないな。”とも思った。堂々巡りの中で、“俺は覇道を求めたいのか?”

 今回は、かなりの兵力差の中、押し気味に守るので精一杯だった。そのために、これ以上の魔力、体力の消耗を防ぐため、救援軍と共に、馬で帰ることにした。本当は、余裕はかなりあったが、花を持たせるためにはこの方が良いだろうということになったのである。隊長は馬車を仕立てた。流石に、第一王女を、そのまま馬上でというわけにはいかなかったのだ。

「勇者様も。」

「いえ、私は騎馬で。」

「そうです。勇者様の言われる通りで…。」

「私だけ馬車などとは、父、国王様に叱られますわ。どうか、私の顔をたてると思って…。」

 困った顔を向ける勇者に、将軍はうなずくしかなかった。イシュタルとヨツユキのそれは、猿芝居だったが。

 もちろん、馬車には身分ある女騎士と男の騎士が同乗した。当たり障りのない会話を2人は交わしながら、そのまま目を閉じて寝入ってしまった。実際、不眠不休に近い戦いを続けていたので睡眠不足だった。2人は、悪夢ばかり見た。それは一日目だけだった。途中では、近くに貴族の館や都市があれば、しきりに将軍達はそちらにイシュタルの宿を手配したが、イシュタルは、

「配慮有難うございます。でも、勇者様や将兵と共に野営しますわ。」

と断った。ついに、彼らはヨツユキに泣きを入れた。彼らの配慮というだけでなく、その地の貴族や教会、都市からの要請でもあったからである。

「勇者様がそう仰るのであれば。」

とイシュタルは折れた。ホッと胸をなで下ろす将軍達に気がつかれないように、彼女はソッと耳元で、

「今夜来てね。」

 野営はもちろん、砦でであっても、2人で抱き合う時間も、場所もなかった。

 度々、結界で守られた部屋の中のベットの上で2人は激しく交わった。

 ヨツユキは、迷いの中で動きが激しくなっている自分を感じた。“俺はこいつを放したくなくなっているのか?”

 イシュタルも、自分の体が激しく反応しているのを感じていた。声が何時も以上に漏れているのが分かった。

 もし、過去二回と世界が変わっているなら、自分が暗殺されない未来が待っているのなら、覇道を止めてもいいのかもしれないとも考えた。アブロも、自分に帰って来るかもしれない。魔王を倒した後、2人はそれぞれ、相応しい相手と、相応しい生活をした方がいい、そうなる未来があるかもしれない。そうなったら、彼は別の女と夜を、毎日供にはする、それを思うと悔しい、許せないと体が熱くなり、自然に、勝手に体が動いていた。

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