第34話 白と黒
塔に向かった僕たちは、塔を見上げると再度、決意を固めた。
「行くぞ」
貴桐さんの声に、僕たちはついて行く。
変わらずの大勢のペイシェントがフロアに広がっている。
ペイシェントを案内している下層の人たちの少し騒ついた声が聞こえたが、ペイシェントを抱えた彼らは、特に行動を起こす事はなかった。
やっぱり、と思ったが、ペイシェントが大勢いるだろう時間を狙って来たのもあった。そうすれば、ペイシェントの目前で大きな行動を起こされる事が避けられる……そう踏んでいた。
僕たちはそんな様子を横目に先を進み、上階へ向かう通路へと向かった。
その通路で、丹敷に初めて会った時に、丹敷が着ていた塔の服と同じ色の服の人たちが上から降りて来たばかりなのか、擦れ違う。中階層の人たちだ。
……いくら何でも変だ。進めば進む程、そう思う。
進めば進む程、ペイシェントの姿はなくなっていく。それなのに……。
塔を出た貴桐さんたち。ましてや、丹敷を見て何もいう事もなく、過ぎ去るなんて……。
すんなり上階へと向かう事が出来るのは、来贅が許容しているとしか思えない。
待っていたというのか。
圭がいたFブロックより上の階、Gブロックの診療科に目が止まる。
循環器……心臓血管に、脳神経……。
心臓と脳が同じブロックに……。
僕たちは、Gブロックへ行ってみる事にした。
Gブロックに着いた僕たちは、あまりにも静か過ぎる事に警戒していた。
Gブロックにペイシェントは一人も見当たらなかった。
……何故だ。あれだけのペイシェントを抱えていて、何故、一人もいない?
何室もある部屋。
一番奥の部屋の扉が開いた。
足を止める僕たちは、部屋から出て来る人を待った。
……白衣。
塔で白衣を着ている人がいるなんて……。
塔は、町医者のイメージを重ねさせない為に、町医者が塔の呪術医になりすます事を避ける為、白衣を作る事を許さなかった。
なのになんでこの男は白衣を着ているんだ……?
部屋から出て来た男が、こっちへと歩を進めてくる。
知的な雰囲気を漂わせる、眼鏡を掛けた男の髪は、片側だけとても長かった。
やはりこの男も、中階層の人たちと同じに、僕たちを見ても平然としていた。
白衣のポケットに両手を入れたまま、表情一つ変える事なく過ぎ去る。
だが、過ぎ去ったかと思ったら、男は急に足を止めた。
男が足を止めたところには侯和さんがいて、背中合わせに立っているようだった。
侯和さんの様子が、なんだか変だ。
だが、互いに何も答えず、沈黙が続く。
そんな二人の様子を怪訝に思う僕は、二人の表情を窺っていた。
「……元気そうだな。お前の事は耳に入っているよ」
男は、振り向く事もなく、背中を向けたまま侯和さんにそう言った。
「……お前……まだ……」
侯和さんの声は、怒りが滲み出ているような声で、少し震えているように聞こえた。
「まだ? 変わっていないと言いたいのか? それとも、変わったままだと? 俺はずっと同じまんまだよ。塔に入ったから上階に行こうとして、このブロックにいる訳じゃない。塔に入るより以前……そう……初めからずっと俺は、同じ事を続けている」
「だから……白衣だと?」
会話が始まるが、やはりそれでも二人は背を向けたままだった。
「分かっているだろ、侯和。何度も言うが、俺がやっている事はずっと変わっていない。呪術医なんだから出来る事を最大限に活かして、何が何でも続けようとするのが、本物の呪術医と言えるんじゃないのか?」
「本物の呪術医だと? 亜央……! いい加減に目を覚ませっ!」
侯和さんは振り向くと、男の腕を掴んだ。
亜央と呼ばれた男は、それでも振り向く事はなく、腕を掴まれていても手はポケットに突っ込んだままだった。
「なに言っているんだよ、知っているだろ。俺はね……」
亜央は、クッと肩を揺らして笑うと、変わらず背を向けたまま侯和さんに答えた。
その言葉は、来贅のあの余裕な態度の訳を固めた。
この男が……来贅の後ろ楯……。
「昔も今も、動くものを綺麗なままに、新たな器の『材料』に組み込んで、その『部品』が正しく動くように修繕しているブリコルールだ」




