第33話 器用と不器用
「圭は侮れないね?」
差綺は横目で圭を見ると、クスリと笑う。
そんな差綺の楽しげな目線に、圭はふっと笑みを漏らすと、顎を少し上げて得意げにも答える。
「想定内だ」
「あはは。やっぱりさあ、だから手放したんじゃないの? 案外、嘘つきだね?」
「嘘つきだって? はは。俺はそんなに器用じゃないよ」
「ふうん……? 器用? 逆じゃないの?」
「不器用って事か?」
「そう。だって、嘘が下手だもん」
「はは……そんなもの上手くなったって、何の得にもならないな」
圭の言葉に差綺は、少し呆れたように頭を横に傾ける動作を見せると、またクスリと笑った。
「圭……お前、あの時点で父親の持っていたその知識を理解したのか?」
侯和さんの問いに、圭は答える。
「何を考えてこの呪法を構築したのか……それが理解出来ただけです」
「……そうか」
侯和さんは、静かに頷いた。
「圭……お前はやっぱり……凄いな」
「それを言うのは早いですよ、侯和さん。俺は、理解する事は出来ても、肝心な事を打破出来ていません」
圭を見る侯和さんの目は、いつものように穏やかになっていた。
「お前に託して良かったよ、圭」
「侯和さん……俺はあなたが取り戻したいものに……近づく事が出来なかったんです。どうしても届かない……その中身を見る事が出来ない……あれは……」
「……閉ざしているんだ。誰も近づけないように」
「そう……ですね……あの壁は、とても厚い」
……閉ざしている、厚い壁……か。
圭と侯和さんの会話を僕は何気なく聞いてはいたが、塔に行けば何か見えるだろうと、二人の会話に口を挟む事はしなかった。
侯和さんは、圭の肩をポンと軽く叩いて、そのまま肩に手を置いた。
「……頼む」
「分かりました。紗良」
「はい」
「彼らを頼んだよ」
「はい、分かりました。では、中に運んでもいいでしょうか?」
「ああ。診療所の隣の建物……まだ使えるだろう。そこに運ぼうか、一夜」
「ああ、うん。そうだね」
診療所の隣の建物……あれは入院出来るよう準備された部屋が幾つかある。
僕たちは、二十人近くいるだろうペイシェントを中へと運ぶ為に動き始めた。
彼らを中に運び入れ、それぞれベッドに寝かせると、後の処置を紗良さんに任せた。
咲耶さんが等為さんと可鞍さんに、紗良さんを手伝うように言い、彼女を手伝っている。
侯和さんは、紗良さんの行うその呪法を観察するように見ていた。
差綺が彼らに張った網が、紗良さんが彼らに術を掛けると同時に、黒一色に変わる。
「一夜、少しいいか?」
僕も気になっていたが、貴桐さんに呼ばれ、廊下に出た。
「気になる事がある」
「……はい。それは僕も何となく……ずっと引っ掛かっていて……」
「塔に行けば何か分かるかもしれないが、それを知った時点で、流れが変わる……俺はそう思ってる。それを知り、理解出来なければ、不利になるかもしれないな」
「……欠落している事がある……そう考えて間違いはないですよね……?」
「ああ。もし……そうじゃなければ……」
「……はい」
貴桐さんの目が、部屋の中にいる圭を見るように、ちらりと動いた。
貴桐さんが次に何を答えるのかは、分かっていた。
僕も貴桐さんが見た方向へと目線を変えた。
翌々日、紗良さんと等為さん、可鞍さんを残して、僕たちは塔へと足を踏み出した。
貴桐さんが言った言葉を胸に隠しながらも、ちらりと圭に視線が動く。
「どうした? 一夜」
「いや……圭と一緒に塔に向かう日が来るなんて、思ってもみなかったから……」
「そうだな……」
僕は、抱えている思いを言う事なく、そんな会話をした。
貴桐さんに視線を向けたが、貴桐さんは僕を見る事はなかった。
それは僕がどうするべきかを任せてくれているからなのだろう。
あの時、貴桐さんが言った言葉は、やはり僕が思っていた事と同じだった。
「一夜……お前のその姿に何も答えない訳がない」




