第30話 希望と絶望
『人の命こそが私に返る。だから私が『主』なんだよ』
妙な感覚が僕の中に走った。
宿木の枝は折れた。この……僕の手で。
来贅を……『主』を倒せる力が、僕にあると思っていいのだろう。
そして来贅を倒す事が出来たなら……新たな『主』は……。
僕は、そんな思いを払うように、頭を横に振った。
主になんて……なろうとは思っていない。僕はただ……。
地に倒れたまま、僕を恨めしそうに見るペイシェントたちの目に、来贅の不敵に笑う顔が浮かんだ。
『お前たちが塔を潰すなら……私たちも全て……殺すという事だ』
彼らが望むもの……それが塔であり、来贅そのものである事を否定する事は、死を突きつけるのと……同じ……だと……そう言わざるを得ないのか。
頭の中で僕は、否定を繰り返す。
それでも来贅の言葉が追い掛けてくる。
『精霊使いの継承者……どのみちそれが完全なものになれば、お前もあの塔にあるものを求める事になる……私と同じだ』
「……やめろ」
来贅の言葉が離れない僕は、頭を抱えた。
「一夜!」
圭が大丈夫かと肩を掴んだ。
それでも僕は、頭を抱えたままで。
追い続けてくる言葉に苛立ち、叫ぶしかなかった。
『だから……お前も私に返る運命……いや、宿命か』
「やめろーっ……!」
叫んだ瞬間に、強い風が舞い上がった。
「一夜っ!」
「おいっ! 一夜っ!」
圭と貴桐さんがしっかりしろと、僕の体を二人で抑える。
……力が……暴走してしまいそうだ。
僕の感情で、僕の中にある力が動く。
……綺流……なのか……?
頭を垂れ、肩で息を切る僕は、自分でもしっかりしろと冷静さを取り戻そうとした。
だが、倒れたペイシェントの手が僕の足を掴んで、虚ろな目を向けて言った言葉に息を飲んだ。
「ああ……蒼い瞳に白い髪……なんだ……『先生』じゃないですか。『先生』なら……助けられるでしょう……? ねえ……『先生』」
……先生。
倒れた他のペイシェントが、圭の足を掴んで言った言葉も同じだった。
「『先生』……助けられるでしょう……? ねえ……『ケイ先生』」
その呼び名に圭は、悔しげに顔を歪めて唇を噛んだ。
「早く助けて下さいよ……上階の『先生方』でしょう……?」
あちこちからまた聞こえ始める声。その言葉は、まるで僕たちを追い詰めるかのように『先生』と繰り返した。
「『先生』に命を預けるしか……方法はないんですから……」
「預かった命……ちゃんと返して下さいよ」
「『先生』」
「返して下さいよ……『先生』」
彼らの言葉が、体に纏わりつくようだった。
…… 一体……どう返せばいいというんだ。
彼らの命を繋いでいるものは、来贅の中にある。
「……圭……」
「一夜……」
顔を見合わせる僕と圭は、どうすべきか考えていた。
これという答えが見つからず……いや……選択する答えは一つしかなかった。
僕は、グッと手を握り締めた。
悔しさが込み上げたが、そんな思いは直ぐに払拭した。
真っ直ぐに上げた僕の顔を見る、圭や貴桐さんたちの目線が、僕の答えを後押ししていると感じる事も出来たが……。
僕は、強い目線を向けたまま、はっきりとした口調で言った。
「塔に行く」
込み上げた悔しさを直ぐに払拭出来たのは、僕の中で静かに響いた声が、僕にその答えを急かしていたからだ。
『答えは……決まりましたね……?』




