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第29話 理想と現実

 家に戻る頃には夜が明けていた。

 だが、戻った僕たちを待っていたのは。


「……助けて……下さい……」


 大勢のペイシェントだった。


「……どういう……事……」

 疑問がそのまま口に出た。

 診療所は当然、開けてはいない。

 なのにどうしてこんなにも大勢のペイシェントがここに……。

 それも流行病の時に来たペイシェントの顔はなく、皆、初めて見る顔だった。

 ……塔から来たのか……?

 足を止めた僕たちだったが、圭が一人先に前に出た。

「助けて……下さい……」

 近づく圭に縋るように震える手を伸ばす。

 他のペイシェントたちも圭へと助けを求めて近づき始めた。

 そう思っていたが。

 助けを求める何人もの手が、圭を擦り抜けて僕を掴んだ。

「一夜っ……」

 圭が後ろにいる僕を振り向き、僕に向かうペイシェントを止めようとする。貴桐さんたちも彼らに落ち着けと止めに入った。

 それでも縋り続けるその手の数は増すばかりで、助けを求めるペイシェントを抑えるだけで跳ね除ける事は出来はしなかった。

 危害を加えてくる訳でも、敵意を見せている訳でもない。

 ただ助けを求めるその手を振り払う事など、出来る訳がなかった。

「助けて……」

 僕を掴んだペイシェントの手が、僕の頬に掛かる髪に触れた。

 髪と頬に触れるその手は、とても冷たかった。

 僕は、伸ばされた冷たい手を掴んだ。

「……! 圭っ……!」

 彼の手首を掴んだと同時に、圭に知らせるように僕は叫んだ。

 僕の目を見た圭は、直ぐに察したようだった。

 圭は、近くにいたペイシェントの腕を取る。

「侯和さんっ……! 紗良っ……!」

 圭の声に侯和さんと紗良さんが、ペイシェントの体を診始めた。

 助けて、助けてと縋りつく手が次々と伸びたが、差綺が張った網が動きを抑えた。


「なんだ? どうした、一夜」

 貴桐さんが僕に訊ねたと同時に、僕の元にいたペイシェントがバタッと倒れた。

「おい……」

 怪訝な顔をする貴桐さんに、僕は答える。

「……脈が……ないんです」

「こっちもだ」

 僕の言葉の後に圭がそう答えた。

「こっちもだよ……」

 そして侯和さんも。

「……こちらもです」

 紗良さんも同じ答えだった。

 バタバタと倒れ始めるペイシェントは、皆、動きを止めた。

 これが来贅の仕業だという事は、直ぐに分かった。

 僕の足元に倒れたペイシェントは、虚ろな目を僕に向けて呟いた。


「助けられるものなら……助けてみろ……そこに『代わりのもの』が無かったとしても」


 その呟きに続き、あちこちから声がする。

 倒れたペイシェントたちが、口々に呟き始めたのだ。

「他に誰が与える事が出来るんだ……患った臓器が他の臓器までも蝕んで……次々と失っていく」

「使えるものが残っているなら、分け与えれば生き残れる者もいる」

「主様に委ねれば、生は保障されるんだ……その時を……留めてくれる」

「ただ……鼓動が続けばいい訳じゃない。ベッドの上で過ごすだけの時など、誰も望んじゃいない」

「お前たちが塔を潰すなら……私たちも全て……」

 僕たちを責める声が、一つに重なった。


 来贅が考えている事はそうじゃないと言ったとしても、伝わらないのだろう。

 何の為に生きているのかの意味も持たせられずに、繋ぎ止められているという事を。

 塔は治す為にあるんじゃない。治るものさえ、初めから代用品としている。

 いわば臓器のストック場所だ。

 代わりを作る為だけにある。それなのに……。


「「殺すという事だ」」


 治せないものは治せない。

 延命治療など……望んでいない。

 その『生』を繋ぎ止める最後の手段が、来贅にあるというのなら。


 死を認めざるを得ない僕たちに。

 塔にいる全てのペイシェントは。


 人質同然だった。


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