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第23話 想像と具現

「圭……」

 僕は、圭の名を口にしたが、その後の言葉が出てこなかった。

 まさかという思いの他に、それを否定する、圭にとっては何か理由があるはずだと信じていたからだ。


「あれは……父さんが塔から手に入れたものだよ」

「やはり……ご存知でしたか」

「関わるなって……言いたかったんだろ、間木先生は。父さんが塔に入るのを拒否したのは、それだけじゃない事は、間木先生だって知っているだろ……」

「勿論、父にしても柯上先生とは同じ思いでしたから。でも……触れてはいけないところに、向かってしまったのではないかと……」

「黙って見ている訳にはいかなかったんだ」

「……圭さん……それでも、リスクが大き過ぎます。あれは……」

「そうだよ」

 圭は、紗良さんの言葉を遮って、悔しさを吐き出した。

 僕は、圭の思いを初めて耳にした事で、圭との距離感を元に戻せたような気がしていた。


「『材料』は身近なところにあるんだ。薬剤を独自で調合するその知識は、触れてはいけない知識の『材料』を掴む。父さんは、それを知っていた。だから俺は……」


 『返してもらうんだ』


「圭……そうだったんだ……言ってくれればよかったのに……」

「ごめん…… 一夜。侯和さん」

 圭の目線が侯和さんに向く。

 侯和さんは、長い息をつくと口を開いた。

「幻覚剤……か……表現的な呼び名としては、サイケデリックスにエンセオジェン……肯定的であり、神秘的であるという。幻覚でもそれは体験であり、そんな大量の体験情報が一気に流れ込む混沌は、思考の再構築を始める」

 思考の再構築、か……。その言葉だけでは、何か新たなものでも生まれそうな気がしてしまうが……そうじゃない。

 不自然な強引さがそこにはある。

 そして混沌の中で再構築された思考は、正しい知識を定めていない。

 だけどそれが当たり前であり、信じるに値する知識体系だと疑わなくなる。他を受け入れない絶対的な信念に変わる。


 侯和さんが言葉を続ける。

「そこにないものを追い求めた結果だろう……もし……全ての情報が一つの知識となって構築され、形のないものが形として使う事が出来るなら、その薬剤は……」


「その思考は統一され、同じ知識体系を作る」

 侯和さんの言葉の先を、圭が続けた。

「同じ……知識体系……」

 そう呟く僕は、嫌なくらい胸が騒ぎ始めていた。

 精神的支配は、疑問を消去する。混沌の中に生まれる新たな思考は、そこにしかないという執着と、それだけしかないという……依存だ。


 同じ知識体系……それがまともなものなら、大きな問題も起こる事はないのだろう。

 互いに共感を呼び、互いに理解出来るその知識は、思考の違いで大きく変わる。

 ……共感って。

 嫌だな……これじゃあ、まるで……。

「類感呪術、感染呪術……その先にあるのは共感だ。それを具現化したものの役割として、そこに行き着いたといったとしても、俺は否定するぞ」

「貴桐さん、俺だってそれは同感ですよ」

「当たり前だ、圭。じゃあ、答えて貰おうか」

 貴桐さんは、圭をじっと見つめながら訊いた。


「人体に特化する呪術に何が使われているか……お前はそれを知ったはずだろう?」


 圭は、貴桐さんの目を真っ直ぐに受け止めながら、真剣な表情で話し始めた。


「あれは状態を作る為の誘導に過ぎない。貴桐さん……あなた方呪術師は、そこにはないものを感じ取れる力も得られる力も、元々組み込まれている……そう考えたんですよ」

「組み込まれてる……ねえ……?」

 圭の言葉に貴桐さんは、少し困ったような顔を見せながら、短く溜息をついた。

「それで?」

 貴桐さんが、話の先を促す。

「目に見えない気の動き……それを理解出来ない者にとっての想像は、当然、その力を得る方法も段階も構築出来ないんですよ。但し……構築出来るのは……」

 圭の目つきが怒りを示すように鋭く変わった。


 それは、良いも悪いも関係ない。

 望む事を思いのままにする為の……。


「『手段』それが答えです」

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