第22話 予想と回顧
丹敷が来贅に心臓を渡してしまったのは、差綺との繋がりを断ちたくなかったからなんだと分かった。
「俺がお前との繋がりを断たない選択をしたつもりだった。俺の命を預けたのは、差綺……お前だったから。あいつの中に持っていかれたお前に必要なのは、お前に預けた俺の命……心臓だと……だから……俺は……」
「そっか」
「……ずっと……後悔していた。俺はお前に頼り過ぎていたんだよ。繋がりがあれば、お前がなんとかしてくれるんじゃないかって。だけどそんな考えが、逆にお前を奴の中に留めてしまうんじゃないかって……」
……なんとかしてくれる……か。
その丹敷の思いは、よく分かった。
「だから、捨てたの?」
差綺は、揶揄うようにクスリと笑う。
「はは……捨てたって言うなよ。言っただろ、約束を果たしたつもりだったって」
「この世の終わりだった?」
「違うって言ってるだろ。なんだよ、この世の終わりって、大袈裟馬鹿。でも……そうだな……」
丹敷は、また照れ臭そうに笑って答える。
「お前がいなけりゃ、俺も存在していないのと同じだからな」
「あはは。丹敷だって大袈裟じゃない? 僕は、馬鹿とまでは言わないけど?」
「うるせえ」
「あいつにとって誤算だったのは、僕を使えなかった事。僕を使えば、毒が回る。そもそも僕が許諾しないけどね?」
「だから……取り返してやろうと思った。苦しかっただろ……あいつの中にいるのは」
「うーん……丹敷が存在していれば僕は、そこにいるのと同じだったから。僕はいつでも自由になれたし」
「なんだよ、それ。俺がした事は無駄だって言うのか?」
「あはは。どうかなー?」
いつでも自由に……。圭が言った事と同じだ。
差綺の指が、丹敷の首元の蜘蛛に触れた。差綺から丹敷に、丹敷から差綺へと蜘蛛が移って差綺の首に戻る。
「差綺……」
「でも……約束だよ、丹敷。絶対にその網は捨てないで」
「ああ、分かってるよ。それに……」
丹敷は、貴桐さんを振り向いた。
「貴桐一人にカッコつけさせるのは癪だからな?」
「はは。丹敷、そういう事は、やる事やってから言え」
「やってんだろーが」
「何処が?」
「貴桐ぃ……」
「なんだかんだ言っても、仲がいいんだな?」
侯和さんが笑いながら言うが、貴桐さんと丹敷の鋭い目線が、侯和さんに同時に向いた。
「「何処がだ?」」
二人の声が揃った事に、僕たちも思わず笑ってしまったが。
「ねえ……圭。圭も言ってたよね? いつでも自由になれるって」
僕が圭にそう問うと、紗良さんの声が先に入る。
「あの……」
紗良さんの声に、僕たちの視線が彼女へと向いた。
「紗良……紗良なのか。ごめん、随分と会ってなかったし、まさか君がいるとは思いもしなかったから、直ぐに気づかなかった」
圭が紗良さんに気づくと、少し驚いた顔を見せた。
「いえ……それどころじゃありませんでしたし……それは気になさらないで下さい」
「だけど……どうしてここに?」
「ここに来れば……会えるんじゃないかと思っていたので」
紗良さん……?
「父が……伝えようとしていた事があったんです。圭さんに」
「間木先生が俺に?」
「それを伝える事が出来たならって……圭さんが塔に行く事もなかったんじゃないかと悔いていました。それは今もです」
「紗良……間木先生が悔やむ事なんてないよ……」
「ですが……圭さんは……知っていたんじゃないんですか?」
紗良さんの言葉に、圭の目線がちらりと宙を見た。
……圭……?
圭は、少し間を置くと、重い口を開くように言葉を吐き出した。
「知ってたよ……幻覚剤、だろ?」
圭の言葉に、僕と咲耶さんの目が合った。
『ご存知でしたか? これ……幻覚剤ですよ』
圭は、空を仰ぎながら、長い溜息をついた。
「圭……」
不安を覚える僕は、圭の言葉を聞くのが怖かった。
『何の為にどなたが作られたのでしょう……?』




