第17話 正位置と逆位置
平穏な日常の中で求めるものは何もない。
その中で馴染めば、それ以上を求める欲など生まれないからだ。
これでいい。このままでいい。
それ以上を求めるのは、不足を感じた時だ。
足りないなら補えばいい……だが、それがどう足掻いても手に入らないと分かった時に抱える悔しさは、自分に対してにだけ思う訳じゃない。
欲しいと思ったものを持っている相手にも……だ。
相互に欲したものを与え、与えられたものを欲する……。
光を見る為の術……それは、僕も圭も探していたものだ。
僕は、来贅に目を向け、掌を差し出すように伸ばした。
僕の掌には、拳程度の塊が乗っている。
それは一定の鼓動を見せて、動いていた。
「必要なものと不要なものを切り分ければいいんだろ……お前の言った通り……不要なものは切り捨てればいい。必要なものを入れるには、邪魔だ」
「……戻したか。順応するには不安定だったな。やはり……半分は半分……もう少し時間が掛かりそうだ」
「なに……?」
来贅は、僕の掌に乗る塊を指差した。
「どうする? それを握り潰すか? 構わん。やってみるといい」
なんだ……? この余裕さは……。
訝しがる僕に、来贅はふふっと笑みを漏らした。
「言っただろう。代わりのものなどいくらでもある……本物は一つだと。その意味を、まだよく理解していないようだな。私にとってもそれは不要……それを取り出したのは、いい選択だ」
来贅が指を動かすと、僕の掌に乗っている塊がどろりと崩れ落ちた。
「な……」
「お前に何が間違っていると言える? 人一人生かす事が、人一人の死を求める事に不都合はないだろう? お前のその選択も同じ事だ」
「来贅……」
「精霊使いの継承者……どのみちそれが完全なものになれば、お前もあの塔にあるものを求める事になる……私と同じだ」
「何が同じだっ……!」
苛立ちを叫ぶが、次の瞬間に息を飲んだ。
「あ……」
来贅の姿が、僕とは違う綺流の姿に変わった。
白く長い髪、蒼い瞳がキラリと光る。
爺ちゃんの話が頭に浮かび、それがここで重なった。
『死を目前とした者が、最後の力を振り絞って、ある呪術を使うと、止まりかけた心臓が正常な動きを取り戻した。その時に見えたんだよ。白い髪に蒼い目……うっすらと、白い光を纏うようにその者の体に入り込んだ』
そうだ……それに貴桐さんが言っていた。
人の血肉を使い、何百年生きている……と。
「来贅……お前が……」
「教えてやろう」
『あれを見てから呪術医というものが増えたのかもしれんな』
「呪術医というものは、私の構築した知識の『分離』だ。だから私に返るのが当然……」
「一夜……」
「圭……」
ゆっくりと起き上がった圭は、まだ立ち上がれずに座ったままだったが、僕を止めるように手を掴んだ。
「新たな知識を構築した呪術医は、当然、来贅にとっては不足になる。だから奪われたんだ。俺は取り戻す為に、来贅の核になるものを手に入れたはずだった。だけど……侵食するんだよ……」
「侵食……」
その感覚は、僕は知っている。
そもそも、咲耶さんの張った結界さえ越えて、宿木の元に現れたんだ。その力は、来贅にも与えられているものだという事なのだろう。
来贅は、僕を指差し、言葉を置くと、消えた。
「だから……お前も私に返る運命……いや、宿命か」
相互に欲したものを与え、与えられたものを欲する。
本物は一つ……それが来贅……いや……綺流だというのか……?




