第16話 躊躇と決断
圭の胸に置いた手に、力を込めていく僕は、軋む骨の響きを感じていた。
その音の回数が増える事に、手が震える。
それでも僕は、手を離す事はしなかった。
「……ごめん……圭……」
涙が……落ちた。
圭と過ごした日々の他愛のない会話や、笑った顔ばかりが浮かんで、それが思い出になろうとしている事が辛かった。
涙で滲む視界でも、圭が苦痛に顔を歪めているのは見えている。
圭を押さえ込んでいるのは、僕の手だ。
僕の加える力で、圭は苦しんでいる。
こんなにも辛い選択をしなくてはならないなんて。
この心臓を止めたら、圭は戻って来る事が出来るのだろうか。
僕の中にある圭の心臓を、この体にこの場で戻す事は、出来るだろうか。
そんな奇跡……。
ちらりと横目に来贅を見たが、僕には出来る訳がないと顔に出ている。
『半分』
その言葉が、全ての事柄に引っ掛かりを感じさせて、躊躇いが消えない。
やはり……半分しか繋がらなかったのは、僕と圭の思いに相違があったからなのだろうか。
「一夜っ……!」
貴桐さんの僕の名を叫ぶ声に、歯を噛み締めた。
倒れた宿木の光はもう全て、消えてしまった。
その雫も地へと沈み、宿木に頼れる力はない。
まるで……地の底に沈んでしまったかのように、何も残っていなかった。
「貴桐さん……僕は……」
もう……誰一人も守れずに、誰かを死なせる事は……嫌なんだ。
確実に守れるという保障は何処にもない。
ただ……もしかしたらの可能性しかないんだ。
中々、次の行動へと進めない僕に、貴桐さんの声が響く。
「全てを尽くせ…… 一夜!」
……貴桐さん。
そうだ……貴桐さんだって、どんなに辛い思いをした事だろう。
自分のその手で守ろうと、その体でさえ傷をつけて。
何が待ち受けようと、そこには『絶対』という思いを抱えている。
『俺自身が坏となり……全てを尽くす』
……坏。
僕は、空を見上げた。
月明かりはうっすらと辺りを照らし、宿木のように一ヶ所に光を集める事はなかったが、僕はその月明かりの下にいる。
分散される光は、誰にも平等で。
そんな月明かりの下で、こんな争いに気を病んでいる事が寂しく感じた。
誰かを傷つける為にその力が欲しかった訳じゃない。
だから僕のこの迷いは、嘘だ。
僕は、ただ……。
月明かりを満たす為の宿木。
宿木の光は、優雅で自由で。
望むものに望むものを与えるのだろう。
……僕は……『宿』だ。
だから僕も……貴桐さんと同じように『坏』となる。
坏が満ちたら、零れ落ちて。
それは僕のこの思いと同じだ。
思いが満ちたら溢れて、零れ落ちた涙が雫となって、光を作った。
圭の胸元へと落ちた光が、張られた網を伝って鮮やかに光り輝いた。
僕は、指先を動かし、張られた網を自分へと絡み付ける。
「お前……何を……」
眉を顰める圭に答えず、僕は、圭の胸元に僕が纏う光を使って、僕の印を描き込んだ。
その印を手に収めるようにグッと胸を押し付ける。
それはさっきと同じに、圭の骨を軋ませた。
僕は、もう迷わなかった。
その中身も、どのみち『半分』だ。
じゃあ……僕の『半分』圭にあげる。
「道を作ってあげる。圭……これで一つになるだろう?」
僕と圭を中心に描かれた円から、光が立ち上り、バチバチッと電流が走ったような音がした。
白い煙が霧のようにうっすらと僕たちを包んでいた。
その白い霧の中で、綺流の姿を見たような気がした。
その姿は、僕とそっくりだった。
……綺流……やっぱりお前は……。
僕の髪に、圭の手が触れた。
「……圭……」
圭の表情は穏やかで。
僕は、その表情で叶ったんだと安堵したら、また涙が零れてしまった。
「……泣くなよ……馬鹿だな、一夜」
ほら……ね。
その顔が、いつも僕を支えてくれた。優しく微笑む、僕を慰めるその表情が。
「……圭」
「俺は……」
圭が答える言葉に、僕の胸が熱くなる。
「『大丈夫』だから」
その言葉を聞いた僕は、深く頷いた。頷いたと同時に粒を増した涙が、速度をあげて圭へと落ちた。
「言っただろ」
笑みを見せながら言う圭は、僕の胸元を指差した。
それは……印……僕と圭の……。
圭は、ニッコリと笑みを見せると、僕が待ち望んでいた言葉を聞かせてくれた。
「『約束』だ」
綺流……お前が言った言葉。
僕は、知る事が出来ただろう?
地の底を知った者は、光を見る為の術を知る……。僕は、それを知った。




