第15話 自由と不自由
圭……お前なら……分かるはずだろう……?
小さい頃からずっと一緒だった。
兄弟のように。
呪術医になろうと決めたのも、共に話して決めた事だった。
父さんと母さんが圭の両親の所に運ばれた時に、僕はただ泣いて叫んで、声が続かなくなるまで同じ言葉を繰り返していた。
『助けて下さい……』
そう願う事しか僕には出来なかった。
その体に触れる事も、何も出来ず、その姿を見る事は二度と叶わなかった。
そしてまた繰り返される悲劇にも、僕には救う事は出来なかった。そしてそれは圭も同じで。
ただ一つだけ違った事は、その体に触れる事が出来た事だった。
動く事はないと知りながら、寄り添う体に自分の体温が伝わって、まだ生きているんじゃないかと錯覚させた。
時間が経つにつれて、その温度も伝わらなくなっていく。自分の『温度』だけが温かいと、強調してくるようだった。
自分と同じように感じられた体の感触も、硬くなっていく。
鼓動を止めた人の体は、氷のように冷たく、こんなにも硬くなるのかと悲しみが深くなった。
触れても弾力などない。
置いた手は、自分の手の温度があればある程、触れている温度の差を感じ取る。
……とても硬くて……冷たかった。
触れる度に、もう……動かないんだと残酷を伝えられた。
『起きて。目を開けて』
思いを詰めた言霊も。
届けるには遅過ぎただけなのだろうか。
あと少し。
もう少し。
……早ければ……なんて、嘘だ。
そんな事が頭に浮かんだ瞬間に、後悔は始まり、何も出来ていなかったと思う以前に、気づく事さえなかった無の状態からなんて、考えが及ぶ事もなく、何かを生み出せる事もなかったのだから。
だけどこの言霊は、事の終わりを尽力するだけだ。
ただ……返る事のない声に、せめての問い掛けを残して、他人任せの僅かな奇跡に縋る事を、覚悟を迎える時の支えにしている。報われない、戻らないと知りながら。
だけど……圭……。
お前はここにいるだろう……?
その鼓動も、その温度も僕と同じだ。
だから……大丈夫。
だってその呪いを最初に掛けたのは、お前だろう?
『一夜……大丈夫だから』
だから僕もお前に同じ呪いを掛けた。
『圭……大丈夫だから』
『俺が……』
『僕が……』
圭に覆い被さるように倒れた僕の意識が遠くなっていく。
閉じていく目。このままじゃダメだと思っても、力が入らない。
「起きろ……! 目を開けろ……! 一夜っ!」
僕の耳から頭にと、貴桐さんの声が走り抜けた。
その声にしっかりしろと自分を叩き起こす僕は、目を開けた。
「……っ!」
仰向けに倒れた圭の上に乗ったままの僕。
圭の手足を縛るように張られた網が、圭の動きを抑えていた。
僕が張った網に、貴桐さんの力が加わったと直ぐに分かった。
肩越しに貴桐さんを振り向くと、肩を押さえて立ち上がっていた。
貴桐さんのその手からは血が流れていた。
「貴桐さん……!」
また……血を……使った……?
ふらりとよろめいた貴桐さんに、僕の体が反応する。
だけど……。
「動くなっ……! 一夜……!」
ああ……そうか……今、僕が動いたら、圭が……。
僕は、圭へと目を向けた。
圭は、僕の迷いを察したようで、鼻で笑った。
「……圭……戻って来るって……言っただろ……」
こんなにも強く思っても伝わらない事に、涙が出そうになった。
圭を目の前にどうする事も出来ない僕に、来贅の笑い声が聞こえた。
「なんだ……折角の機会だというのに、やはりそれまでの器か。私を倒したいのではなかったのか。今のお前は、その命を自由に出来る。あと少しだけ待ってやろう。お前たちが望む『奇跡』……起きるかな……?」
「…… 一夜……」
「……っ」
なんで……。
不意に見せる僕の知っている圭のその表情は、僕に助けを呼んでいる。
圭の胸元に置いた手が、迷いを掴んでいる。
僕の中にある圭の心臓が、やたらと大きな音を響かせて、僕に答えを迫っているようだ。
「……圭……」
僕は、圭の胸元に置いた手に力を込めた。
ミシッと骨の響きが手に伝わった。
「……ごめん……圭……」
誰かを救う為に誰かを犠牲にする事は。
避けられない現実なのだろうか。




