第14話 否定と肯定
体が動かなかった。
打撃を受けた痛みだけなら、指先くらいは動かせたのだろう。
そんな痛みなど問題にもならず、心に与えた衝撃が僕の動きを潰した。
「……残念だな。一夜」
……声も出なかった。
嘘だという言葉が、体の中で破裂する。
ただそれが僕の体を震わせて、僕の思考を狂わせた。
……悔しいとか……そんな感情さえも崩れていた。
夢なら……いや……。
夢でも見たくなかったよ……圭。
(……け……い……)
声が出なくても、僕の口がその名を伝える。
それでも伝わらない思いが諦めを大きく膨らませた。
……崩れていく。崩れてく。
助けたい、救いたいと強く思っていた僕の信念の在処を失ったと感じた瞬間に。
……もう……どうでもいいと思えてしまった。
何の為に、努力という名の自分の構築と。
何の為に、知識という名の自分の構築を。
どれ程の胸の痛みに耐えて手に入れようとしてきたのか。
分からなくなった。
僕が望んでいるものと、圭が望んでいたものの違いでもあったとでもいうのだろうか。
繋がらない思いが、自分の過程を自己満足だったと肯定する。
こんなはずじゃなかった……なんて。
僕は、奇跡だけを信じていたのか……!
僕の指先が地面を描く。
「ほう……? まだ……動けるのか。ケイ……苦しませるのは可哀想だ。親友なんだろう?」
……ふざけるな。
忘れた訳じゃないだろう?
僕は、その言葉を忘れていない。
お前が自分で言った言葉だ。
『私を殺すなら……ケイを殺すといい。君に……それが出来るかな……?』
『代わりのものならいくらでもある。但し……本物は一つだけしかないからな……? それは姿も同じ事……』
「け……い……」
僕の指は力なく震えていたが、それでも印を描き続ける。
いつからだっただろう。
ああそうだよ。
父さんと母さんが死んだ時からだ。
胸を切り裂かれる程の苦痛は、幾度となく繰り返された。
そこに奇跡など起こる事もなく、僕はただ泣くだけだった。
泣いたら少しは何かが僕を憐んで、少しの慰めを与えてくれるんじゃないかって。
自己防衛を張っていただけなんだ。
それでも時が過ぎれば僕を、悲しみが起こった以前と変わりない日常に戻して、それは僕にとっては過去を振り返る事を容赦なく拒否されたように感じていた。
『いつまでも、泣いているな』と。
心なんて見えないからこそ、どれだけの傷を追っているかなんて当人にしか分からない。
僕自身にしたって、周囲が僕を日常へと引き戻したら、そんな傷に寄り添っている事が弱さの象徴だと笑うしかなくなった。
そうしたらいつしか日常は、平常に過ぎて行き、平常に寄り添えばまた、悲しみに直面する。
一体、どれだけの傷を受けて、その傷を癒す事なんて出来ないのに閉じ込めるんだ。
だけど、癒やせやしなくても、痛みを麻痺させる術なら……。
あるだろう。
「貴桐……さん……もう一度……だけ……お願い……」
息も絶え絶えだったが、貴桐さんを呼び起こすように声を掛けた。
……負けるもんか。
苦しみを……痛みを麻痺させる術なら……あるんだから。
ねえ……貴桐さん。侯和さん……みんな。
僕は、今度は間違った使い方はしないと誓う。
だから答えてよ。力を貸してよ。
僕は、僕の頭を踏み付けたままの、圭の足を掴んだ。
僕に掴まれた事で圭は、バランスを崩して倒れた。
圭の中にある来贅の心臓が、圭を変えてしまうんだ。
僕は、圭の心臓部分へと手を当てた。
だけど力が入らず、圭に覆い被さるようにそのまま倒れてしまった。
呟くように残した言葉は、届いただろうか。
「……圭……『大丈夫』だから……」
僕が唯一使えた『呪い』
……圭……お前なら……その思い……受け止めてくれるだろう……?




