第10話 中身と外見
同じものをそこに望んだ。
奇跡という神秘に縋って。
自分の中にないものを自分のものにする為の。
『連鎖』が始まった。
「始まりから始めようか。来贅」
僕は、あの時聞いた言葉を、淡々とした口調で口にし始める。
昔話を語るように。
「『……その昔……死を目前に精霊を呼び寄せ、その力で死を回避した者がいました。ある呪術的思考が、それを生んだのです。人の力以上のもの……つまり奇跡を生む……と』」
その言葉と、爺ちゃんから聞いたあの話……繋がらない訳がない。
『元々、医術と呪術は分かれていた。医術ではどうにもならず、死を目前とした者が、最後の力を振り絞って、ある呪術を使うと、止まりかけた心臓が正常な動きを取り戻した。その時に見えたんだよ。白い髪に蒼い目……うっすらと、白い光を纏うようにその者の体に入り込んだ。その者の胸には刻印のような痣が浮きあがっていた』
……ある呪術……。
刻印のような痣。
僕は、宿木の上に立つ、差綺と丹敷を見上げた。
彼らにも同じ、痣のような印がある。
そして……。
綺流に手首を掴まれた時に見えた……。
それは小さかったが、綺流の手に同じような印があった。
『それって……媒体があるって事ですよね? 媒体を逆に使う事も可能って事ですか?』
『通常、媒体は術師の元で、そのもの自体に呪いを込める。勿論、媒体になる訳だから、その媒体には繋がりを持てるものがなければならない。互いに共通するものを通じて、呪いを感染させるんだ』
『僕はね……媒体を動かす事が出来るんだ』
互いに持つものが同じになったとしたら、間を繋ぐ媒体は、逆からも使える。
圭から貰った印は、まだ僕の胸に残ったままだ。
その印と、新たな印。あれは僕と圭を繋ぐもの……。
僕の中には、圭の心臓がある。そして、圭には来贅の……。
この二つを一つに繋げればいい。
「この『呪い』の対象の媒体は模倣……結果は原因に起因し、原因は結果に影響を及ぼす……つまり類感呪術。お前はこの宿木と同じ……枝分かれした宿木だ」
僕がそう答えると、宿木の枝が折れる音がした。
……始まりから……始まる……。
「ああ……やはり……また会えると思っていた。藤邑一夜」
……来贅。
僕たちの元に現れた来贅は、折った宿木の枝を投げ捨てた。
その瞬間に綺流が消える。
「……では……始めようか」
そう言って、余裕な笑みを見せる来贅。
だが……。
類感呪術も感染呪術も、そこに辿り着くものは共感だ。
一度、接触をしたもの同士は相互に作用する。
張り巡らせた糸は網となって、巡らせた思いは印となる。
「咲耶!」
貴桐さんが宿木を倒せと合図する。
「行きます。等為、可鞍!」
咲耶さんたちが宿木を倒し始めた。
「一夜」
差綺の声に、圭の声が重なるようだった。
僕は、分かったと頷くと、倒れてくる宿木と共に、落ちてくる網へと手を伸ばした。
「これが……圭が構築した呪法だ……!」
ドオンッと大きな音を響かせて、宿木が倒れる。
倒れる宿木を避ける来贅は、僕たちと距離を取った。
土埃を巻き上げて、風が吹き抜ける。
『一夜……俺が戻らなかったとしても心配しなくていい』
カッと目を眩ませる程の白い光が弾けると、その中から一筋の蒼い光が僕の左目に飛び込んだ。
僕を中心に、降り落ちた網が、一つの印を地面に描いていた。
目を閉じた僕を包むように、下から緩やかな風が吹き抜ける。
風に揺らされる髪が、左の首筋に触れる感触がした。
左側だけ……髪が伸びたのか……。
『それを持っていてくれれば、必ず……必ず俺は戻るから』
『約束するよ』
圭の言葉を頭に走らせながら、僕は目を開けた。
僕を見る来贅は、面白いものを見るように笑みを見せ、呟く。
「ふふ……半分……か」
心臓の鼓動がドクンと一度だけ大きく波打った。
……圭……。
僕の中に圭がいる。
「ここからが勝負だ、来贅」




