第7話 喚起と無視
宿木の枝が折れると、光の粒が弾けて広がった。
木の上から零れるように降る光が、数を増して滝のように流れ落ちて来る。
その光が宿木の周りを一周すると、今度は貴桐さんの体の周りをグルグルと回り始める。
貴桐さんは、体の周りを回る光にそっと手を触れた。
パチッと小さく軽い音がすると、辺り全体を包むように光が広がった。
……白い……光……。
まるで霧のように広がった白い光に、僕たちは包まれる。
「一夜」
貴桐さんが僕へと手を伸ばした。
「……貴桐さん……?」
不思議そうに貴桐さんを見る僕に、差綺が近づき、僕の後ろからポンと両肩を叩く。
「行って。一夜」
「差綺……?」
「末端まで、ちゃんと巡らせたでしょう? だから……行って。今の一夜なら……超えられるから」
「差綺……」
差綺は、クスリと笑うと僕の背中を押した。差綺に押された僕の足が、貴桐さんの元へと数歩動いた。
貴桐さんは、笑みを見せながら手を差し出したままで、その手を僕が掴む事を待っている。彼の周りに残った光が、辺りを包む光よりも白く、彼が伸ばした手へと伸びていた。
僕は、ゆっくりと手を伸ばした。
貴桐さんの手を伝って伸びる光が、僕の方まで伸びて来る。
パーミアビリティ……性質と能力の透過性。
……僕は……。いや……僕も。
自分を超えるんだ。
僕の頭の中で、フラッシュバックするように記憶と言葉が巡った。
『俺は……奪われたものを取り戻す……それだけの為に生きる事を選んだ。あの中に……全部持っていかれた。選ばれた者がそれを得られると……知識も……血も……内臓も……骨も、何もかも全て』
……貴桐さん……あなたは……。
『私が何も知らないとでも思っているのか、貴桐……お前が本当に欲しかったもの……流石に心臓までは差し出せなかったようだな』
来贅の言葉が、頭の中で大きな声を響かせる。
『お前は……』
僕は、貴桐さんの手をグッと掴んだ。
『選ばれなかったんだよ』
同じものを……そこに手にしようとしていた。
来贅の言葉が頭の中で弾けると同時に、掴み合った手から強い光が弾けた。
僕は、貴桐さんの目を見た。
貴桐さんは、優しげな目を向けて笑みを見せていた。
「貴桐さん……あなたは……」
「……その木に宿る力には、望むもの全てを思いのままに……俺があの時抱えた思いには、俺から全てを奪った全てを消してしまいたいという思いの……冷酷さしか残っていなかった。奪う者と奪われる者……その『差』は……大きい」
「統御と……懇願……貴桐さん……あなたが望んだのは……この手にしたいと望んだのは……」
口にするより先に、貴桐さんの言葉が流れ込んでくるようだった。
だけど、確信に変わるはずのその答えは、その姿を見ると揺らいでしまった。
その姿は……透き通るような白さを持っていた。
「ようやく……」
そう静かに呟く声と共に現れたのは……初めて見る顔だった。
「……どういう……事……」
驚きを口にする僕に、伏せていた目を開けてクスリと笑う。
だけどこの仕草……この感じる雰囲気は……。
「お揃いのようですね……?」
長い髪に、蒼い瞳の……。
やっぱり、ここに現れたのは……。
「望む事……全て、思いのままに……お目にかかれて光栄です。精霊使いの継承者……やっと巡り会えました」
……綺流。
足りないものを足りるように集めて満たした。
それは、僕が無力だと知ったから。
「思い……出しましたか……?」
綺流の声に、僕の頭の中は全ての記憶を集めていた。
「あ……ああ……」
頭が痛い……。僕が閉ざした記憶が蘇ってくる。
僕は、頭を抱えた。
「一夜。止めないで、繋げて」
「差綺……僕は……」
巡らせないと……末端まで届かない。
それは……僕が閉ざした記憶まで、全てを繋げる。
「大丈夫…… 一夜。今の君なら……乗り越えられる」
張り巡らせたその網は。
必ず会うという定め……。
巡り合い。
僕はそれを透過した。




