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第6話 得る者と奪う者

 貴桐さんは、ここで何が起こったのかを話し始めた。

 それは殺戮と名がついてもおかしくなどない。あまりにも残酷で、身勝手なものだった。

 呪術師たちが集ったこの場所は、誰もが欲するだろう奇跡をそこに(とど)める。

 『宿木』という『坏』に満たされる力。それを我がものにと奪おうとする者が現れるのは、珍しい事ではないだろう。


「……来贅はそれでも満足しなかった。もうここには来贅が望む『それ以上』が存在しなかったからだ。俺たちは来贅にとっては『それ以下』で、不必要なものだった。どれだけの犠牲を作ったか、来贅には取るに足りない事だったんだよ」

 来贅は、吐き捨てるようにこう言ったという。


 『つまらんな。やはり呪術師など、信用に値しない。使えるものなど一つもないな。これがお前たちの言う奇跡か?』


 貴桐さんは、宿木に近づくと幹に手を触れ、見上げた。

 降り落ちる光の粒が、貴桐さんに戯れるように体を跳ねて弾け、光を纏わせる。

 その様は、主と呼ぶに相応しかった。

 僕も……この宿木も、彼だから添い慕う。

「この木に宿る力が欲しければ、枝を折り、俺を倒せば叶うだろう。枝を折る事が出来るならな……この枝は、俺以上の力がある者でなければ折る事は出来ない。だから宿木の枝を折った者は、同時に俺を超える者だという事だ。『降伏するならこれ以上、手を出すのはやめてやろう…… 一人くらい見逃しても痛くもない』ふん……見下されたもんだよ」

「貴桐さん……」

 僕は、貴桐さんへと歩を進めた。

 宿木を見上げたままの貴桐さんは、静かに笑みを見せていた。

 その笑みを見ているのがなんだか切なくて、それでも貴桐さんが口にした言葉は、彼自身が受け止めなければならなかった言葉だと知っている。

 来贅が貴桐さんを見下すような態度でいた事も、この宿木の枝を折った事で奴の自信になったのだろう。どう足掻こうが、勝てる訳がない……と。

 それでもこの森の主に成り代わらなかった事が、来贅の残酷さを示している。

 何人、何十人もの命を犠牲にしても、それは必要なかったと言ったのだから。


 貴桐さんも宿木に試されているんだ……。

 自分以上……自分を超える者の前で、何が出来るのか。諦めと後悔しか得られないなら、初めから闘わなければいい。


 ただ……それでも。


 僕は、貴桐さんと同じように、宿木を見上げた。


 宿木の枝が折られた時点で、勝敗を知る。

 そして、向かって来る相手に何を思うかで、自分の器を知るのだろう。

 与えられたはずの力でも、奪われれば、奪った方の力が大きくなる。

 それが繰り返されるという事は、新たな主が現れる度に、宿木の力もどんどん大きくなるという事だ。

 それはまるで、ここで闘う者たちの力を飲み込んでしまうように、宿木に吸収されていく。

 敵なのか味方なのか、この存在は、その力を得た者の意思で決まるのだろう。

 ……綺流と同じだ……。


 『僕には善悪の判断はありません』


 だからこそ、奪われてはいけない。

 例え枝を折られても。

 闘う事を諦めてはいけないんだ。


 僕にとって綺流は、この宿木と同じ。

 僕自身が強くならなければ、奪われていくだけだ。

 繋げて、繋がって、その力が一つになる。


「だから俺が……俺を超えればいい」

 僕は、貴桐さんの言葉に深く頷いた。


「俺は……負けると知らされても、もう……先に自分に負けたりしない」

 貴桐さんはそう言うと、宿木の枝へと手を伸ばした。


 自分の力量を知らない者は、相手の力量も知る事は出来ない。

 それでも僕は、僕たちは。

 それ以上の奇跡を掴む為に、思いを巡らせる。


 枝を掴んだ貴桐さんは、躊躇う事なく力を入れる。

 自分を超える……その思いの強さが届いたのか、いや……もう超えたんだ。


 貴桐さんは、掴んだその手で、宿木の枝を折った。


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