第6話 分離
「……五年……か……」
綺流の後をついて行きながら、僕はポツリと呟いた。
僕の呟きに、綺流がちらりと視線を向けた。
もし、圭が考えを変えてくれていたなら、僕と圭は今……。
今、どうしていただろう。
僕は、先を歩く綺流の後ろ姿を見つめた。
もしあの時、圭がいてくれたなら、仲間を失う事もなく、あんな思いもせずに済んだのだろうか。綺流は、僕の前に現れただろうか。
待っていても帰って来ない、圭。
それならば、僕が作ってやろうと思っていた。
圭の理想を、僕が。
圭や圭の父親から教えてもらった呪法を基本に、圭が戻って来たくなる程のものを、僕は作りたかった。
そして、救いを求める人々の助けになりたかった。
そして、奪われたものを取り戻したかった。
僕は、小さい頃に両親を事故で亡くした。
手遅れではあったが、両親が運ばれたところが圭の父親のところだった。
圭の父親も母親も優しい人で、両親を亡くした僕の面倒をみてくれた。
まるで自分の子供のように。
「圭に弟が出来たみたいで嬉しいわ」
圭は僕より一つ歳が上だ。小さい頃から一緒にいたから、歳を気にした事はないけれど。
「そうだね。僕たちが圭に構ってやれない分、一夜がいてくれる」
圭の両親はいつも忙しそうだった。
町のみんなが、彼らを頼りにしていたから。
「ねえ……父さん、俺と一夜に教えてよ。医術と呪術。俺たち、決めたんだ。父さんと同じ、呪術医になるって」
圭の父親は、その言葉に圭と僕の頭を嬉しそうに撫でた。
あの笑顔を……取り戻したい。
あの時の……僕たちを……。
だけど……。
圭があの塔に入ってから、更に組織の力が強くなっているような気がしていた。
あの塔に集う者も増え続け、その力に縋る者も増え続けた。
僕は、何度か圭の様子を見に近くまで行ったが、中に入る気にはなれなかった。
警備態勢が厳しいとか、そういう事でもなく、誰でも入れるような開放された感はあったが、それが返って僕には怪しく感じた。
間口は広くても、中に入ったら全く違う……そんな感じがした。
見上げる塔の高さは、窓が小さく見える程で、この塔の階層からもそのヒエラルキーが分かるようだった。
暫くの間、僕がその場で様子を見ていると、黒っぽい服装の数人の若い男が塔から出て来た。
……怪しまれたかな……。
まずいなと思ったが、直ぐに立ち去るのも余計に怪しいかと思い、平然とした態度で佇んでいた。
「自然環境を治癒する呪術医なんて、本当にいるのかよ」
「ああ。この間の荒天……急におさまっただろ」
「あれがそうだっていうのかよ?」
「だからそれを確かめに行くんだろ」
出て来た男たちが、僕を過ぎ去りながら話す会話が、耳を掠めていった。
僕は、その言葉が気になり、男たちの会話に耳を集中させる。
自然環境を治癒する……呪術医……。
僕は、男たちの後をそっと追った。
男たちは会話に集中しているせいか、僕に気づいていないようだ。
まあ……この程度では、最下層ってレベルか。
「もしそれが本当なら、許可のない呪術の使用を認める訳にはいかない。それ程の能力……放置すれば塔の崩壊を招く」
「ふん……もしそれが本当だとしても許可など降りるはずがないだろう。組織に入るか……排除されるか、その二択だ」
「いや……もう一つ、あるだろ」
「はは……あの町医者の息子のようにか?」
……町医者の息子……圭の事か……?
「ああ。『分離』だよ」
分離……?
圭に……何が……。
男たちの言葉に、僕は嫌な予感がした。