第5話 意思と宿命
「……宿木」
僕は、貴桐さんの言った言葉を呟ながら、その木をじっと見つめていた。
樹上に寄生するその木は、元の木の存在さえ奪って生育し、宿木に吸い寄せられるように、月明かりが降り注いでいるように見えた。それは神秘的で、魅惑を呼んだ。
この木に宿った生命が、何よりも大きな力を蓄え、守護を与える……そんな感覚が直ぐに浮かぶ程、強い力がそこにあった。
目に見えない空気感と秘められた力が、不思議な圧を掛けてくる。
それは穏やかでもあり、反対にこの力を奪われはしないかと不安さえ感じさせた。
そう思うのはこの宿木が誰を選び、その者だけに力を与えるかが分からなかったからだ。この宿木を縛りつける事は出来ないだろう。宿木自体が他の樹上に寄生しているのだから、気ままで自由といってもいい程だ。もしここに来た者がその力を得ようとしたら、隔てなく与えてしまうのではないかと感じた。
宿木を目の前に立つ貴桐さんの姿は、凛としていた。
……空気感が……変わった。
貴桐さんの背後に、咲耶さんたちが片膝をついて、頭を下げる。
僕と侯和さん、紗良さんは、彼らを見守るように立っていた。
丹敷が意外にも従順な事に、少し驚いてはいたが。
貴桐さんは、咲耶さんたちに体を向き直すと、咲耶さんは頭を下げたまま、口を開き始めた。
「受け継がれる悪しき連鎖……今こそ断ち切るべきです」
咲耶さんは、顔を上げると、貴桐さんを見ながら言葉を続ける。
「森の主は戻られました。ここに主がいる事に、宿木の枝を折る事は許しません。もしも枝を折り、我等が主、行嘉貴桐に挑む者が現れた時には」
森の主……宿木の枝を折る……挑む者。
咲耶さんが口にする言葉に、この木の存在が彼らにとってどれ程のものなのかが分かった。
そしてこの宿木を巡って、何が起きたのかも知る事が出来た。
大きな力。選ばれし者。その存在に成り代わろうと、宿木の枝を折る。
主がいる中で枝を折った者は、宣戦布告という事だ。
だが……。
咲耶さんたちが立ち上がり、一呼吸、間を置くと、咲耶さんは言葉を続けた。
「宿木全てを切り倒し、坏を落とします」
……宿木を切り倒して、坏を落とすって……。
この……宿木は……貴桐さんが力を得た……。
坏を落としたら、集められ、蓄えられたその力は全て消えるのだろう。
器を失ってしまったら、もう降り注ぐ光も集める事は出来ない。
咲耶さんがそう答えるのは、その力を誰にも譲りはしないという事なんだと思った。
宿木に守られ、宿木を守る。
彼らの守るという意味は、その力を渡さない事で叶うのだろう。
それだけ大きな力であり、その力を持つべき者は、貴桐さんだけである事を望んでいる。
僕は、宿木を見上げた。
月明かりに近い枝葉は、光を帯びて艶やかな色を放つ。光を纏った葉から、雫が零れ落ちるように粒を作り、ポツリポツリと降りだした。時に弾ける粒が辺りを照らし、次々と降り落ちる粒の光と合い混ざる。
その光景はとても幻想的で。神秘的で、思わず息が漏れる程だった。
僕たちと向き合う貴桐さんは、光の粒を纏いながら答えた。
「宿木の枝を折り、挑む者が現れた時には坏を落とそう。だが俺は……」
貴桐さんの目には、強い思いと覚悟があった。
もう……二度と同じ思いはしないと、同じ思いをさせはしないという思いが伝わってきた。
貴桐さんが続けたその言葉は、彼に向ける目線が外せなくなる程、強く響いた。
「俺自身が坏となり、全てを尽くす」
その身を呈しても守り抜くという覚悟。
それは、ここにいる僕たちには『宿命』とでも言うのだろう。




