第4話 不足と充足
僕の周りに人が増えていく。それは、僕に足りないものを補ってくれていた。
僕たちが動き始めたのは、真夜中だった。
「じゃあ、行くか」
そう言って足を踏み出した貴桐さんに僕たちは頷き、向かうべき場所へと向かい始めた。
貴桐さんを先頭に咲耶さん、等為さんと可鞍さんがつき、その後に丹敷と差綺、僕と侯和さん、そして紗良さんがついた。
向かうところは、貴桐さんたちが住んでいた町外れの森だ。
暗い道を進むには、月明かりだけが頼りだったが、貴桐さんたちなら迷う事なく辿り着けるだろう。
呪術師たちが集ったその場所は、僕の想像よりも遥かに越えていた。
それは決していい方向ではなく、無惨にも荒れ果て、目を覆いたくなる様だった。この場所でどれ程の大きな闘いが繰り広げられたのか分かる程だ。
倒された木、潰れた家屋は朽ち果て、割れた地面に足を取られる。
月明かりだけで見るこの光景は、辺り一面を広くはっきりと見る事は出来なかったが、それだけでもこれだけ酷いと分かるのだから、陽の差す時間なら尚更、酷い事だろう。
貴桐さんたちには、同時にその時の記憶まで蘇るのだから、僕が思うよりも辛さは大きいはずだ。
それでも足を止めずに奥へと進む貴桐さんたちに、迷いはなかった。
「咲耶、足取りを消しておいてくれ」
「分かりました」
貴桐さんの言葉に、咲耶さんが僕たちの後ろに回った。
足を止めた僕は、何をするのかと、咲耶さんの動きを見つめていた。
咲耶さんは、僕たちが歩いてきた方向に体を向けると、顔の前で両手の指を絡ませ、一度、深い呼吸をしながら目を閉じ、一言呟く。
「消」
目には見えない重さのある空気が、地を這うようだった。僕たちが踏んだ地面についた足跡が、見えなくなっていく。
咲耶さんは、閉じていた目をゆっくりと開けると、絡ませていた指をスッと解いた。
その瞬間に、風もないのに後ろから何かが通り抜けるような感覚がした。それは重さを感じ、空間を押し退けていくようだった。
……僕たちの気配を消したんだ。
「行きましょう。足取りを消し、結界を張りました。ここから先は、僕たちの気配を感じる事は出来ません」
そう言うと咲耶さんは、僕たちの方へと体を向き直した。
「……結界」
思わず呟く僕に、咲耶さんがニコッと笑みを見せる。
「結界を破られる事がなければ、入って来る事はありません。もし近づく者がいたとしても、自然とこの前を通り過ぎる事でしょう。まあ……近づく者も今はいないでしょうけど、念の為に」
目に見えないものがそこにあり、それは透明な壁を作っている。 こっち側にいる僕が手を触れても何の障害もない。だけど向こう側からになれば、こっち側にいる僕たちとの間を阻んでいる。
……これが結界……。
先を進む貴桐さんの後を追う僕たち。
少し先を行った所で、貴桐さんは足を止めた。
僕と侯和さん、紗良さんを振り向く貴桐さんたちは、僕たちの反応を窺っているようだった。
「……侯和さん」
「ああ」
僕と侯和さんは、目の前にあるものを見上げていた。
「これは……」
紗良さんが僕の隣に立つと、同じように見上げた。
大きく伸びた木。その枝葉の形は、器のように窪んでいる。まるで、月を掬おうとするように。
僕たち呪術医と、貴桐さんたち呪術師の大きな差。
人体に特化しないその呪術は。
自然を相手に力を使う。
いや……そう言うよりも。
足りないからこそ足りるように、集めていた。
貴桐さんは、僕たちに向かってこう答えた。
「宿木だ」
月明かりだけが頼りなら。
月明かりが降り注ぐ一点を作る。
淡い光を注ぎ注ぎ。
そして……。
坏は、満たされる。




