第3話 終わりと始まり
木の枝に張り巡らせた差綺の網を見て、驚いた顔を見せた紗良さんだったが、その表情は直ぐに笑顔に変わった。
枯れ落ちる葉っぱを蘇らせるその光景は、生命を繋ぐ期待を持たせたのだろう。
「差綺、彼女は間木紗良さん。彼女も呪術医なんだ」
「ふうん……そう。ねえ…… 一つ、聞いてもいい?」
差綺は、紗良さんに目線を向けてそう言った。
「はい……なんでしょうか」
「死に間際の人間が、最期に思う事って何かって、考えた事、ある?」
「え……」
差綺の問いに、紗良さんは言葉に悩んだようだった。
「生きてきてよかったって思える人って、その中でどのくらいいるんだろうな」
「差綺さん……あの……私は……」
困惑する紗良さんにも構わず、差綺は言葉を続ける。
「分かってるよ、呪術医なんだもんね。それでも少しでも長く生きられるように、助けたいって思ってるから呪術医になったんでしょ? でもね、救う側の人間と、死を目前にした人間が思う事って……」
「待って、差綺……」
差綺には分かっている事がある事を、僕も分かっている。差綺だから分かる事であり、差綺だから感じ取れる事だとも分かっている。
でも僕は、差綺の言ったその言葉が、紗良さんに不安なく伝わるのかを心配してしまっていた。
差綺は、そんな僕の顔をちらりと見たが、直ぐに視線を紗良さんに戻し、クスリと笑って言葉を続けた。
「一致しない」
「差綺さん……」
紗良さんの表情は、悲しそうだった。彼女がそんな顔を見せるのも、分からなくはない。
僕たち呪術医は、当然、救いたいという思いを抱えながら闘っている。
だけど差綺が訊いているのは、死に間際の人間が見ている方向だ。
手の施しようがなくなれば、少しでも苦しみから解放されるよう、手を尽くす。
それは、呪術医側からは終わりを見ていると言っていいだろう。
差綺は、木の枝に張り巡らせた網を見上げながら、言葉を続ける。
「僕はね……ただ生きたかった訳じゃない。ちゃんと生きたかった。地につける足が、僕の軸にならなければ、立っている意味がない程に、ちゃんとね。だから僕は、僕の周りの人に泣いて欲しくなかったんだよ。僕が軸になりたかったから」
「差綺……」
笑みを見せた表情で言う差綺だったが、こんな言葉を笑みを見せながら言えるのは、周りを見て感じ取った思いの強さがそうさせたのだろう。
「僕の為に泣いて欲しくなかったんだ。それが僕が死ぬ事よりも僕は辛い。だって……」
笑みを見せながら言う差綺の言葉は、胸に刺激を与えた。
「救いたいと思う人の抱えた苦しみを、僕だって救いたかった。でも死に間際の人間には叶わない思いなんだ。その苦しみは相殺されない。だから互いの力が重ならない、一致しないんだよ。だって、見ている方向が違うんだから」
「差綺さん……あなたは……」
差綺は、眼鏡を外して、クスリと笑う。差綺の赤い瞳が鮮明に輝きを見せた。
「僕は、それ以上を手にする事を望んだ。僕を助けようとする人を助ける為に。この身が粉々になって砕け散ったとしても……ううん、砕け散ったその後に、手に入れられると思っていたから」
「それは……終わりではなくて、始まりを見ているって事ですよね?」
……伝わった。
どうなるだろうとハラハラしていた僕は、紗良さんのその言葉に、ホッとして笑みが浮かんだ。
差綺の表情にも笑みが浮かんでいた。
差綺は、頭を少し傾けながら、覗くように目線を上げて紗良さんを見つめて答えた。
僕は、差綺と出会えた事を、心から嬉しく思う。
直ぐに打ち解けられたのも、差綺のそんな真っ直ぐな思いが僕の心に響いたからだ。
「だから僕は、終わりの為に闘わない。始まりの為に闘うんだよ」




