第2話 自由と束縛
差綺は、正直といえば単純に、彼の説明をする事は出来るが、その真っ直ぐさは気ままだ。
物事をストレートに言う事は、中々難しいと思うところだが、差綺は違う。
差綺と会って数日しか経っていないが、打ち解けるのに時間は掛からなかった。
それは差綺の持っているものが、人を惹きつけるのか、とても親しみ易く感じた。
丹敷と差綺は、僕と圭のように幼馴染だったという。
少し驚いたのは、僕と同い年だったという事。
だって……。
「貴桐っ……! 俺は、聞いてねえからな!」
「当たり前の事を言うなよ、丹敷。お前に言ってねえんだから、お前が知っている訳ねえだろ」
「なに突然、姿消してんだよ? しかも『彼』とそっくりな奴がいるなんて、なんで黙ってたんだよ?」
「あ? 来贅の犬同然だったお前に、言ってどうなんの? 中階までは行ったはいいが、それ以上、上に行けねえじゃねえか。大口叩く割に、役立たずなんだよ」
「貴桐ぃっ……! お前なんか、上に行こうともしなかったじゃねえかっ!」
「俺は医術に興味はない。キャンキャン吠えるな。耳障りだ」
「お前なあっ……!」
貴桐さんと丹敷の声が部屋から聞こえる。僕は、紗良さんとその部屋の前を通りながら苦笑し、溜息をついた。
てっきり……貴桐さんと同い年なのかと思ってた。
まあ……僕も圭の方が年上だけど……丹敷みたいな言い方は……しないかな……。
「賑やかですね」
紗良さんは、笑みを見せてそう言った。
「ええ、そうですね。圭が塔に入ってしまってから、一人だったので心強いです」
「あの方たちは……呪術師なんですよね。父から聞いた話では、呪術医の方もいらっしゃるとか」
「はい、います」
「そうですか。素晴らしいお仲間ですね。一夜さんが言っていたように、材料の少ない私たちは、呪術の方に大きく傾く。呪術師は私たちが使う呪術よりも、遥かに大きな力と知識がある事でしょうね」
「ええ」
僕は、玄関のドアを開け、紗良さんと外に出た。
庭の奥へと彼女を案内する。
奥庭は、木々に囲まれた中に、ベンチが二つある。
小さい頃、よく圭と遊んでいたこの庭の木も、随分と大きくなった。
僕は、その木を見上げる。葉っぱの隙間から差し込む日差しが、少し眩しくて目を細めた。
「差綺」
太い枝の上に寝そべる差綺を呼んだ。
カサカサと擦れて揺れる枝から、パラリと葉っぱが降ってくるが、地面まで落ちはしない。
「え……? 葉っぱが……落ちない……。蜘蛛の糸……?」
紗良さんは、不思議そうな顔をしながら、落ちずに下がったままの葉っぱを摘んだ。
差綺は、体を起こして枝に座ると、木の幹に寄り掛かり、僕たちに目線を向けた。
「なあに? 一夜。僕、まだ眠いんだけどな。何か用?」
「もう直ぐ昼だよ、差綺。寝過ぎじゃない?」
「えー? そんな事言わないでよ。だって……」
カサッと一瞬だけ擦れた軽い音がすると、紗良さんが手にした葉っぱが枝へと戻った。
「えっ……?」
紗良さんの驚いた声が小さく漏れた。
差綺は、クスリと笑うと、枝からスッと飛び降り、僕たちの前に立った。
紗良さんに向ける赤い瞳が、微笑を見せた。
「これは……」
紗良さんの驚きが増したようだった。
木を見上げる紗良さんは、それを少しの間、眺めた後に笑みを見せた。
「凄いですね」
木の枝と枝を伝って、張り巡られている差綺の網。
蜘蛛の巣のように細い糸を張り巡らせたその網は、時に黒く、時に赤く色を変える。
落葉樹であるこの木の葉は、今が落ち始めの時期だ。
その葉っぱが枝から離れようとする度に、糸が葉を捕まえ、枝に戻ると、褪せた葉色までもが鮮やかな緑色に戻る。
まるで束縛するように。
「眠いに決まってるじゃないか。誰も気づけない隙に……張っているんだからさ。いつの間にかそこにあるって、ね?」
差綺は、またクスリと笑って、そう言った。




