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第1話 利便と不便

「力を貸して頂けませんか」


 僕の元に、呪術医である一人の女性が訪ねて来た。勿論、呪術医といっても、塔がある以上、扉は開けない。その女性は、流行病の時に僕が名を借りた圭の両親の知り合いの彼、その娘だ。

「力を貸すって……逆に僕が借りていたくらいで、助けられていたのは僕の方です。流行病の後に、新たに塔に入った呪術医たちが、塔に入らなかった呪術医の排除に加担したのは、うまく付き合いが出来ていなかった者同士だったと噂されています。間木(まき)さんのところは、そんな足の引っ張り合いに巻き込まれる事もなかったと聞いていましたが…… 」

「ええ、そうなのですが……」

 彼女、紗良(さら)さんの表情は、曇ったままだ。当然といえば当然だ。呪術医としての道を選び、その道を絶たれてしまうのは、僕も含めて同じ思いだ。それでも塔に入らないと決めたのも、簡単に一言で言ってしまうなら思想の違い、といえば……納得も……いや、やっぱりそんな簡単に言葉で片付けられはしない。


「父も私も呪術医です。その思いは、扉を閉ざしても閉ざしきれません。事実、全てのペイシェントは塔に集約させられ……ですが……塔に行く事を拒否するのは呪術医だけではありません」

 紗良さんは、悲しげに伏せた目を僕へと戻した。

「紗良さん……」

「そこに行くしか手立てはないんです。然程、痛みや苦しさを感じる事がなければ、長い待ち時間など無駄に感じる。薬さえ、手に入らないのに……そうして我慢した結果……」

 紗良さんは、悲しみの中に悔しさを滲ませた目を向けて、こう答えた。


「死者が……増えています」


「勿論……それは僕も分かっています」

「一夜さん……」

「はい」

「精霊を呼び寄せられるというのは本当ですか」

「え……紗良さん……?」

 急に振られた言葉に、僕は直ぐには答えられなかった。勿論、彼女が何を思って聞いているのかという思いもあり、でもそれは疑っている訳ではなかったが、僕たちの抱えている問題の中に巻き込みたくないという思いが、返答を誤魔化した。

 紗良さんは、僕の返答を待たず、自分の思いを伝えるように言葉を続けた。


「塔は、塔に入らない呪術医を見逃している訳ではないんです。今、塔に集まっている呪術医は、確かにあらゆる術を持っている事でしょう。ですが、それはあくまでその呪術医自身がなせる技ですよね」

 紗良さんは、一呼吸置くと、言葉を続けた。

 その言葉はとても重かったが、僕が受け入れる事は簡単だった。

 現実、塔が出来てからずっとその思いを抱え続けていた僕は、今、(まさ)にその直面にいるのだから。


「満たされる中での都合は、それ以上を求めない。満たされない中での不都合は、それ以上を求める……それは、塔の中では存在しないもの……だから塔は、それ以上の可能性を得られるものを見逃している……それだけです」


「利便と不便という訳ですね……僕たちのように手元にある材料が少ない者は、あらゆる手段を考えます。何か別なものでも使えないかと……それは勿論、知識にあり、そして思考を巡らせ、結果に繋げるという事。当然、呪術医ですから、医術も呪術も使いますが、不便の中のその思考は呪術に大きく傾きます。それは否定はしません」

「ええ、そうですね。それは私も同じです」

「紗良さん……僕はまだ、あなたの言う、その段階にまだいません。ただ……」

「ただ?」

 紗良さんの僕に向ける目が、彼女の呪術医としての強い思いを感じさせた。

 救いたいという、その思いが、強く、優しく。

「呼び寄せるまでにはまだ足りませんが、その精霊の力を使えるようになれる段階にはいます」

 だから僕は、正直に彼女に伝える事にした。


「パーミアビリティ。僕は、その性質と能力を、通り抜けられる『網』を張っています」

 差綺から得た知識。それが僕の中に定着した。

 何をどう巡らせば、綺流を僕の元へと呼び寄せられるのか。

 そもそも繋がるにはどうしたらいいのか。

 そんな当たり前に浮かんだ疑問に悩むより前に、僕には『道』が出来ていた。

 差綺はそれを教えてくれたんだ。


「一夜さん……私にも見せて頂けませんか」

 彼女が僕を訪ねて来たのも、覚悟の上だったのだろう。

 塔は、それ以上の可能性を得られるものを見逃している。

 紗良さんは、真剣な目を向けて僕に言った。


「満たされない中での不都合は、奇跡を求める……その奇跡が現れた時、塔は見逃す事はしないでしょう。当然、それは個人主義者としての排除……でもそれは、塔が求めている可能性でもあるんです。塔がそこで排除するのは」

「下等なら無用」

 僕は、彼女の言葉を遮って言った。

「一夜さん……」

「それ以上の可能性……」

 少し緊迫した表情を見せた彼女に僕は、はっきりとした口調で言葉を続けた。


「そうでなければ、塔のトップ……来贅の内側に入れない」


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