第63話 網羅
僕の様子を見ていた差綺は、丹敷から蜘蛛を自分の元に戻すと、僕の前に立った。
「じゃあ……『網』張ってみる?」
「網……?」
「うん。網。君が何処までの医術を持っているかは知らないけど、体の構造くらいは当然、知ってるんでしょ?」
「え……あ……ああ、うん」
「それじゃあ……網、張ってみて?」
「え……? 僕が……? いや……そんな急に言われても……」
網を張るって……どういう意味で言っているんだ……?
来贅を捕まえる為……? それともまた別の意味で……?
「へえ……? 出来ない、とか言わないでね? 期待してるんだけどな」
……なんなんだ……? この人は……。
困惑する僕へと向ける、探るような目線。その中に興味を示す、楽しげな顔は、僕を見定めているようだ。
なんだか少し、綺流と重なるな……。
それにしても……。
僕は、今更ながらに僕の周りに集まった人たちの姿を目に映した。
貴桐さんに、侯和さん。
咲耶さん……等為さんに可鞍さん。
そして……丹敷と差綺。
父と母が死んで、僕は一人になった。
一人になった事で、圭の両親と圭に出会った。
圭の両親が殺されて、圭は僕の前からいなくなった。
……また僕は、一人になった。
そして僕は……彼らに出会った。
ああ……なんで急にこんな事を考え始めたんだ……。
僕は、髪をクシャクシャと掻いて頭を横に振った。
「もう少し……巡らせないと、足りないよ? 末端まで届かない」
「え……?」
末端まで届かない……?
どういう事かと差綺を見る。差綺は、眼鏡を外すと、真っ直ぐに僕に視線を向ける。より、はっきりと見える差綺の赤い瞳に、引き寄せられるようだった。
差綺は、僕の胸元を差すように、指先をそっと向けた。
「君が……全てを網羅するまで、始まりに過ぎないんだから」
「僕が……網羅……? 何を……? 始まりに過ぎないって……どういう……」
「ねえ……? 親友の体に来贅の心臓があると知って、胸が痛い……? 苦しい?」
「当たり前じゃないですか……そんな事……」
「当たり前? おかしいな」
「なにを言って……」
「君……呪術医なんでしょ? じゃあ、よく考えて? 君の全身を巡り、心臓に達するまで」
「全身……心臓……達するまで……」
差綺と僕の目線は合ったままだ。
赤い瞳が僕を試しているように笑う。
「あ……そういう事か……」
ピンときたものを感じた僕の表情が変化する。
差綺は、そんな僕を見て、クスリと笑みを見せた。
心臓と心は繋がっていると考えられていた。だが、心があるとする場所は心臓ではなく、脳にある。辛い事や苦しい事があった時、胸が痛む、というのも、確かに胸の辺りに痛みを感じるような気はするが、心臓に痛みを感じる神経はない。血流の問題だ。
血流……循環……血液……。
頭の中で単語が列をなしていく。
差綺は、僕に指を向けた手を、そのままゆっくりと開いた。
指を開いた掌に、網目のように張り巡らせる蜘蛛の巣は黒く、赤くと色を変え、生きているようだった。
それは血管を示すようにも見えた。枝分かれした血管……毛細血管を示すように。
動脈と静脈を繋ぐ網目状の血管は、血液を全身に巡らせる。
そうだ……。
『Fブロックに圭がいますよ』
Fブロックは……血液だった。
ハッとする僕の顔を見て、差綺はクスリと笑うとこう答えた。
「そう……僕の持っているものも同じ意味さ」
掌に張り巡らせた蜘蛛の巣を、両手で弄ぶように操っている差綺。
僕は、差綺の赤い瞳をじっと見つめながら答えた。
「……パーミアビリティ。性質と能力の透過性……僕は、その性質と能力を、通り抜けられるようにすればいい」
そうすれば僕は……全ての材料を手に出来る。
そして、僕の周りに全てが巡る。




