第61話 間接
「差綺……」
差綺を見る丹敷は、安心した顔を見せていた。
丹敷の首元にあった蜘蛛の巣の印と、差綺の持っている印……これは彼らが共に繋がっているという事なのだろう。
「ああ、丹敷、戻った? 今度、それを捨てる時は、この世の終わりを見る時にしてくれるといいな」
「はは……この世の終わりっていつだよ……相変わらず……大袈裟馬鹿……」
「心外だな。それを言うなら、丹敷も負けていないと思うけど? 無謀にも程があるよ。僕との約束、忘れたの?」
丹敷は、苦笑しながら体を起こした。
「……いや。逆にその約束を果たしたつもりだったが?」
「ふうん……なんか、ズレてない?」
「お前にだけは言われたくない……」
「あはは」
……なに……この術……。
毒を以って毒を制す……って事だよな……。
「じゃあ……仕上げ……」
差綺はそう呟き、来贅を見ると、指を向けた。
「ふふ……君の言う通り、出直すとしよう。どのみち、彼にはまた会えそうだからな……」
来贅は、ちらりと僕を見ると笑みを見せ、その場から消えた。
「なあんだ……つまらないな……何しに来たの、あいつ」
差綺は、手を下ろすと溜息をついた。
「お前の毒を貰う気はないって事なんだろ」
そう答える貴桐さんは、少しホッとしているようだった。
「差綺ぃ……」
え……?
苛立った声で彼の名を呼んだのが咲耶さんだった事に、僕はあまりにも意外で驚いた。
咲耶さんが差綺の胸元を掴んだ事が、更に僕を驚かせた。
「え……咲耶さん……? ちょっと……」
あまりの驚きに僕は、咲耶さんを止めようとしたが、貴桐さんが僕の肩を掴んで、放っておけと首を横に振った。
彼らの関係性があまり分からないだけに、確かにどうしていいのか分からないが……。
こんな咲耶さんを見るのは初めてだ。
「もう少し……真面目に受け止めろ……人である限り……死ぬんだよ」
「うーん……そうみたいだね。でも僕、先の事より今の事しか考えられないから。また会えたんだし、いいんじゃない?」
「この……楽観主義者……どれだけ僕が……」
「心配してくれたんでしょ?」
「……」
差綺を掴んだ咲耶さんの手が、そっと離れる。俯いた咲耶さんの頬に、涙が伝ったのが見えた。
「だからよかったね、咲耶さん。だって……」
差綺の目線が等為さんと可鞍さんに向いた。
「奇跡……起きたでしょ?」
……この人…… 一体……。
淡々としたふうで、全てを見通している感じだ。
だけど……この違和感……やっぱり……。
咲耶さんは分かっていたんだ。そして貴桐さんも。
差綺は、貴桐さんを振り向いた。
「もう……自分を責めないでよ、貴桐さん。僕、帰って来たでしょ? あいつの中にあったもの、取り戻してくれたんだから」
差綺が来た時、気配を感じなかった。
そして何故、ここに突然現れたのか。何が起きているかなんて、どうやって知るというんだ。
そこに繋げられるとすれば、答えはあれしかない。
丹敷が放った蜘蛛の巣の印。貴桐さんが取り戻したいと望んだもの。
……来贅の中から、飛び出すように散らばった……骨。
その中に……差綺がいたんだ。
「ねえ……」
差綺は、僕をじっと見つめた。
「呪術医ってさ……体に細工するって事だろ?」
「細工……って……」
僕は、差綺の言葉に少し呆気にとられた。
「僕たちはさ、直接人体に触れてどうこうするって事はしないけど、その体の周りの気を動かす事は出来るんだよ」
「体の周りの……気……」
「うん。大きく言えば、その人の運命を変える事も出来るって事」
「運命を変える?」
「そう。類感呪術、感染呪術ってのがそれにあたるかな」
ああ……咲耶さんが言っていた……。
「だから僕はね……」
差綺は、首元の蜘蛛にそっと触れる。
「その為の『毒』を使うんだ。それは間接的に……ね……?」




