第60話 同胞
「貴桐さん……こっちにお願いします」
「ああ、分かった」
貴桐さんは、丹敷を背負う。
「ほう……?」
来贅の興味深そうな声が聞こえた。僕たちのやる事を傍観するのか、だが、所詮無理だろうと嘲笑っているようにも思えた。
丹敷を寝かせ、首に触れる。
首の印が……薄くなってる。
短い呼吸を繰り返す丹敷は、苦しそうに顔を歪めた。
「……どっちみち……長くは持たない。無駄な事は……しなくていい。血液が変化して……毒を作る……俺は……心臓に到達しないよう……足掻いただけだ……」
「黙っていて下さい。僕たちは、無駄とは思っていません。あなただって、本当はこのままでいいとは思っていないでしょう」
僕は、咲耶さんから薬の瓶を受け取る。
「『出来る限りの事はする』……それしか言う事は出来ないだろう……聞き飽きたよ……」
「……そうですね」
「はは……そうだろう……?」
「僕に出来る限りの事はします。ですが……丹敷さん、あなたも出来る限りの事はして下さい」
「俺に……出来る限りの事……? もう……限界だよ……」
「あなたが生きたいと思わない限り、僕が出来る限りの事をしても、足りないんです」
「……精神的にも……限界なんだ。体の中を這うように、何かが動いてる……バラバラになりそうな程の痛みが……そのまま体を分裂させるんだ……その苦痛に耐えられない……」
「丹敷さんっ……!」
丹敷の首に戻した蜘蛛の糸の印が消え始めた。
……何故……これじゃあ、また……。
「う……」
丹敷の体全体に血が滲み出した。
……バラバラになる。
「侯和さん……」
「もう一度、作って……」
「何度作り出しても同じさ。時間が経てば、作り物は消える。心臓が戻ったから、その速度は速い。本物の印、投げちゃったし。その毒……薬じゃ消えないよ。繰り返すだけ」
突然、僕たちの間に声が割り込んだ。
……誰……。
顔を上げると、上から覗き込むように丹敷を見ている男がいた。
いつの間に……気配さえ、感じなかった。
「……あなたは……?」
男を見る僕だったが、男は丹敷に目線を向けるだけだった。
……この人……。
眼鏡の奥の瞳は赤く、首元に蜘蛛の印。右腕に丹敷と同じ蜘蛛の巣の形をした印まであった。
「……差綺……お前……生きていたのか」
差綺……。貴桐さん、知っているんだ。
驚いた顔を見せる貴桐さんにも、男は振り向かず答える。
「うーん……とりあえずね。彷徨ってたんだけど、なんか退屈だったから、戻ってもいいかなーって」
なんか……この人……ズレてる……? 退屈って……。
「ああ……そうだ。あれ……どうすんの? 貴桐さん」
ようやく振り向いたかと思ったら、来贅に目線を向けた。
「どうするって言ってもな……。あれ、分離してるからな……」
「ふうん……心臓、別のところにあるんだ。抜かりないね。そこからは出られないみたいだけど、そこから消える事は出来るよね? なんでいるの? もう一度、出直せば、僕たちのところに近づけるんじゃない? 出直してくれば?」
この人……なんか……凄い……。
のんびりとした口調で、挑戦的な態度を見せる。
来贅は、そんな様子を面白がっているようだった。余裕の笑みで差綺を見ている。
「そんなに見たいかなー? まあ……そうだよねえ……」
差綺は、首元の蜘蛛の印に手を触れる。
……蜘蛛が……動いた。
「欲しいならあげてもいいけど、コレ……」
差綺の指が、動き出した蜘蛛の印を摘むと、蜘蛛が首元から離れた。そして、それを丹敷の体に乗せる。
「毒……強いんだよねえ? 本当にいる? あんたは耐えられるかな?」
蜘蛛が丹敷の体を這うように動き始めると、丹敷の体から滲み出していた血が糸を作り出し、蜘蛛の巣の形になった。
「来贅……あんたの毒より……ね?」
丹敷の血を紡ぐように蜘蛛の巣が丹敷の体に張り巡らされると、ギュッと締め上げる。
バラバラになりそうだった丹敷の体を繋ぐように、強い力が加わっているのが分かった。
体を這う蜘蛛が糸を引くように動き出すと、丹敷の首元で止まる。
丹敷の首元に、蜘蛛の巣の印が浮き上がった。
血は止まり、丹敷の呼吸が安定する。
差綺は、クスッと笑うと、丹敷の首元に浮き上がった蜘蛛の巣の上にいる蜘蛛を摘む。
差綺が蜘蛛を掌に乗せると、蜘蛛が動き出し、差綺の首元に戻った。
「悪いねー。元々、僕の手の中だから、あんたは丹敷を自由に出来ないよ? 耐性つけておいてよかったよ。僕、あんたの嫌いな呪術師だから、あんたが嫌う呪術しか使わない。小細工ってやつ、ね?」




