第5話 強者
僕には志を共にした幼馴染みがいた。
柯上 圭。
圭は、自分の家に伝わる話を、僕によく聞かせてくれた。それは呪いの一種だった。
圭の家は町医者で、心理的不安を抱える者の支えにと、呪術を共に行なっていた。
そもそも呪術医が増えていくようになったのも、家々に伝わる呪いが効験をあらわしていったからだった。
それらを集め、繋がり、団体が生まれる。
そしてその団体が大きくなる程、意見が分かれていった。
誰しも自分の行った呪術が効力は高いと、評価を期待した結果だったのだろう。
能力のある者は多くの支持者を集め、より大きな組織となった。
そして、共有した知識は、権力を得たものに奪われ、使えなくなった。
「なあ…… 一夜。俺……行ってみようかな」
「行くって何処へ……?」
「あそこなら薬剤も機材も揃ってる。みんな苦労してるんだ。知識だって今以上に増やせるだろ。使えるものも多くなる。そしたら戻って来るからさ」
「圭……お前……」
「ああ。あの塔に……さ」
僕は、圭の言う事に納得がいかなかった。
「圭……! お前、本気で言っているのか? 戻って来られる訳ないだろう? あそこは……! あそこはな……!」
「…… 一夜……」
「お前の親を……お前の家を潰したところだろっ……! お前の家に伝わる呪法も、全て、あいつらが奪っていったんじゃないか……! そのせいでお前の親は……!」
人の為、みんなの為。そう思って共有した知識。分け与えて、そしたら奪われて。元々は、自分のものであったのに、それを使ったら、罪になった。
「だからだよ、一夜。だから返してもらうんだ。返してもらって、俺がまた作るんだ。父さんが作った、俺の理想をね」
圭は、笑っていた。
僕がどんなに引き留めても、笑みを見せるだけで、僕の言葉には決して頷かなかった。
そして圭は、いくら待っても戻って来なかった。
「……光を見る為の術……ですか」
僕の言葉を繰り返した綺流に目を向けた。
「なんだ……?」
意味ありげな笑みを浮かべる綺流に、僕は少し不満そうに彼を見た。
「いえ……」
綺流は、そっと目を伏せたが、直ぐにまた僕の目をじっと捉える。
その目は、何を思っているのか、強い目だった。
正直、僕はまだ、綺流が信用に値するのかどうかなど分かっていない。
ただ、僕がここにこうしているという事実が、彼の存在を認めていた……それだけだった。
僕の思いは決まっていても、綺流がどう思っているかなんて、考える事なのだろうか。
綺流は、僕の言う事なら、なんだって聞く、それだけは明確な答えだと分かっていた。
だけど、不可解なのは……。
「……綺流」
「はい」
真っ直ぐに向けられる綺流の目。
この目を見ていると、不思議な感覚になる。
「……いや……なんでもない」
「……そうですか」
僕は、綺流から目線を外した。
……僕の中で、何かが騒ぐ。
それが騒ぎ始めると、崩れ去ったあの時の後悔と苦痛が強く響き、僕が欲した強さが前に出る。
その後、互いに何も話さず、間が開いた。
間を埋めるように、添水の音が響く。
添水の音が気になり始めた僕に、綺流が気づく。
綺流は、僕から離れると、庭の奥へと歩き始めた。
「……綺流……」
僕は、綺流の後を追うようについて行く。
「……では、参りましょうか」
「……何処にだ……?」
「心配しないで下さい」
僕の顔に出ていたのか、綺流はそう言うと足を止め、肩越しに振り向いて僕を呼んだ。
僕は、その呼び声に、圭の言っていた言葉を思い出していた。
「一夜」
『なあ、一夜。もし俺が戻らなかったとしても、心配しなくていい』
……圭……。
『俺は……いつでも自由になれるから』