第58話 選択
来贅が手にする丹敷の心臓。その命を左右する決定権は自分にあると主張していた。
丹敷があれ程に来贅に恐れを抱いていた意味が分かった。
あのまま握り潰されでもしたら……もう……戻れない。
無理にでも奪い返したとしても、同じ事になるだろう。
来贅が言った言葉の意味は、こういう事だったのだろう。
『人の命こそが私に返る。だから私が主なんだよ』
生きようとする事が……生きづらくさせる。
苦渋の選択……いや……選択する余地などない。
誰もが恐れるのは『死』であって。
そこに生きる『意味』を持たされる。
来贅に奪われたものがそこにある限り、生きようとする思いが様々な感情を生み出している事に、人という生き物の怖ささえ知る。
確かにあの塔で行われている事は、そこに集った人たちが行っている事だ。
『ヒエラルキー……あれは私が作ったものではない。お前たちが勝手に競い合い、作ったものだ』
来贅がそう言った事を否定出来ない事が、もどかしく、気分が悪かった。
「返して欲しいのなら返してやる。代わりのものならいくらでもあるからな」
「……来贅……」
踏み込めない悔しさに、貴桐さんの手が怒りを握る。
「貴桐……取り返してみればいい。お前の望む通り……骨くらい拾えるんじゃないか?」
「来贅っ……!」
「そんなくだらない情が、折角の機会を逃すんだよ。そこに散らばった骨は、お前がくだらない情に走った結果だろう、なあ貴桐……?」
「くだらない……だと……?」
「救う者の優先順位を決めれば済む事だっただろう」
「……ふざけるな」
「本当に死なせたくなかったのは誰だった?」
「……うるさい」
「どうして助けてくれなかったんだと、恨言が聞こえるだろう? 全てを助けようとしたその安易な決断が、全てを助けられなかったんだからな。必要なものと不要なものを切り分ければ、少しは勝ち目もあったんじゃないか?」
「黙れーっ……!」
貴桐さんの怒りの声が響いても、貴桐さんの手が動く事はなかった。
来贅の手に丹敷の心臓がある限り、一切の手出しが出来ない……。
こんなに苦しくて、悔しい事が他にあるだろうか。
僕たちは、成す術もなく来贅を見ているだけだった。
クスリと笑う来贅が口にした言葉に、僕の中の鼓動が大きな音を立てた。
「必要なものなら取り置くが、不要なものなら捨てればいい、それだけの事だろう、何を躊躇う事がある?」
『ふん……似合うも似合わないもあるものか。必要なものは取り置くが、不要なものは捨てればいい、それだけの事だろう、何を躊躇う事がある?』
塔の中で会った圭が言った言葉と重なった。
まさか……。
僕の頭の中に浮かんだ答えが、嫌な思いを抱かせた。
ずっと……あんなの圭じゃないと思っていた……。
圭があんな事を言うはずがないと。
僕は、来贅へと歩を進めた。
「一夜……待て……行くな」
侯和さんが僕を止めたが、僕は足を止めなかった。
来贅は、近づく僕を興味深そうな顔をして見ていた。
「圭の中にある心臓……あなたのですね……?」
僕の言葉に、来贅は笑う。僕の言った事は、本当の事なのだろう。
そして笑みを見せたままの顔で、僕をじっと見てあっさりとこう答えた。
「私を殺すなら……ケイを殺すといい。君に……それが出来るかな……?」
来贅が言ったその言葉は、同じように貴桐さんにも言った言葉だろう。
「代わりのものならいくらでもある。但し……本物は一つだけしかないからな……? それは姿も同じ事……」
選択出来ない選択が、苦しみを生み出すだけだった。




