表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/161

第56話 犠牲

「……貴桐」

 険しい顔を見せた来贅だったが、直ぐに表情を変え、クスリと笑った。

 そして、呆れたかのように溜息をつくと軽く目を伏せ、腕を組んで貴桐さんに目線を戻した。

「……それで?」

 それでって……。

 大きな動きも見せず、余裕にも堂々とした構えで来贅はそう言った。

 貴桐さんは、来贅に向けていた手を下ろした。

「……貴桐さん」

 僕は、貴桐さんの表情を窺っていたが、貴桐さんは無表情で来贅を見ていた。

 来贅は、纏わりつく光に抵抗も見せず、それどころか円の中を歩き始めた。

「……貴桐……無理だ……」

 丹敷が貴桐さんの隣に立った。

「……黙ってろ」

「貴桐……」

 丹敷の顔は、不安を見せている。

「忘れた訳じゃないだろう……? 丹敷……」

 貴桐さんは、来贅を見たまま、丹敷へと呟いた。

「敵う敵わないの問題じゃないんだ。俺は……奪われたものを取り戻す……それだけの為に生きる事を選んだ。あの中に……全部持っていかれた。選ばれた者がそれを得られると……知識も……血も……内臓も……骨も、何もかも全て。骨を拾う事さえ出来なかった。報われないと嘆く声が聞こえる……いつもだ……!」

 歯を噛み締める貴桐さんの後ろに、咲耶さんが立った。

「……行きます」

 咲耶さんの後ろに、等為さんと可鞍さんがつく。

 咲耶さんたちは、円の周りを囲むように立った。

 頭を垂れる丹敷は、ギュッと手を握り、何やら考えているようだった。

 丹敷は、首元に手を当てると、顔をあげた。

「……これを使え」

「……丹敷……お前……」

 丹敷を振り向く貴桐さんは、少し驚いた顔をしていた。

 丹敷は、首元に当てた手を、掴むようにギュッと握る。

 蜘蛛の巣のような印が、丹敷の首元に浮かんだ。

「……お前……それは……お前を繋ぎ止める唯一の……」

 丹敷は、貴桐さんの言葉に静かに笑うと、僕に目を向け、こう言った。


「俺の命……あんたにあげる」


 『あなたが選んで下さい』


 その選択は、僕は……分かっていた。


「ちゃんと使ってくれよ、貴桐。全部、拾ってやるからさ」

 丹敷は、首元の蜘蛛の巣の印を掴んで、来贅へと投げた。

 丹敷の首元から離れる蜘蛛の巣の印は、大きく広がって、来贅を覆うように落ちていく。

「丹敷っ……!」

 貴桐さんの声が響いた。

「早くしろっ……! 貴桐っ……!」

「ふざけんなっ……! 丹敷っ……! バカヤロウ……!」

 そう叫びながら貴桐さんは、ザッと地面を蹴り、文字を描くと、地面に手をついた。

 ドンッと鈍い音が響いたと同時に、地面から風が吹き上がり、ふわりと浮かんだ蜘蛛の巣が、貴桐さんの放った風で、上から重圧を掛けた。

 重みを増した蜘蛛の巣が、来贅目掛けて落ちていく。

 咲耶さんたちは、貴桐さんの描いた円に手をつき、来贅に纏わりつく光を強めていた。


「……ああ。これは参ったな……」

 来贅は、自分を切り刻むかのように落ちてくる蜘蛛の巣を、見上げながら呟いた。

 ドオンッと大きな音と共に、地面を響かせて蜘蛛の巣が落ちる。

 舞い上がった土埃、光が柱のように伸び、来贅を飲み込んだ。

 その光の中から飛び散るように出てきた、いくつもの骨が地面にバラバラと落ちた。


 バタッとした音に振り向くと、丹敷が倒れていた。

「丹敷っ……!」

 丹敷に駆け寄る貴桐さんと咲耶さんたち。僕は、その姿を直視出来ず、目を逸らして俯いた。

「お前……なんで……ふざけんなよ……丹敷……」

「貴桐……俺は……いつだって……大真面目だよ」

「丹敷っ……!」

 貴桐さんの悲痛な声に振り向く僕は、両手を握り締めた。

 バラバラになった丹敷の体。

 繋ぎ止めていたのは、丹敷の首元に浮かんだ蜘蛛の巣の印だったんだ……。

 ……僕は……。


 僕は、丹敷の側に行くと、丹敷の体に手を触れる。

「…… 一夜……」

 貴桐さんの声を聞きながら、僕は目を閉じ、丹敷の体を調べるように触れ続けた。

 一通り確認すると、僕は目を開ける。

 僕の頭の中に、一つの呪法が構築される。

 僕の向かい側に、侯和さんが来た。

 侯和さんは、僕を見ると頷いた。きっと僕が何をやろうとしているのか、同じ呪術医だ、分かったのだろう。

「探してきた。これを使え、一夜」

 侯和さんは、形を模したものを、同じものとして機能させる呪法を持っている。

「……侯和さん……」

 僕は、差し出されたものを、侯和さんからそっと受け取った。


「おい……お前たち……何を……」

 貴桐さんがそう言うのも無理はない。

 僕が侯和さんから受け取ったのは、丹敷の首元にあったのと同じ形の蜘蛛の巣だ。

 それを侯和さんが、印として作り出した。


 僕は、丹敷の首元にそれを置くと、丹敷の胸に手を置いた。

「……返します。あなたの命……頂けません」


 僕は……。

「僕は、呪術医ですから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ