第55話 呪縛
……まずい……。
見つかってしまったと思ったと同時に、僕の手が自分の胸へと動いた。
無意識なのか、意識的にだったのか、守らなくてはという思いが、僕の体をそんなふうに動かした。
これじゃあ……完全にバレてしまうじゃないか……。
来贅の冷静さが、奪う事は簡単だと圧迫してくるようだった。
僕をじっと見たまま、攻めてくる様子もない。この間合いが、来贅の本質を分からなくさせた。
来贅は、僕に向けていた手をそっと下ろした。
何を考えている……?
いつ……仕掛けてくる……? それとも……目的は他にあるのか……?
「そんなに怖い顔をしなくてもいい。無理に奪おうとは思っていない」
そう言ってクスリと笑うと、来贅は僕に背を向けた。
……分からない……。それなら何故、ここに来た……?
僕の疑問に答えるかのように、来贅は僕を肩越しに振り向く。
「使えるとは……思えんな……」
独り言のように呟く来贅は、丹敷の肩に手を置いた。
「ニシ……答えは決まったか」
……まだあの質問を……。
丹敷の表情が凍りついた。
「……主様……」
恐怖を抱く丹敷の心情など構わず、来贅は話を始めた。
「呪術というものは、細工に過ぎない。そう言わざるを得ないのは、呪術を使う術師の中にある思考が答えを決めるからだ」
来贅は、意味ありげに丹敷を見た。
丹敷は、前を向いたままで、来贅と目を合わせる事はしなかった。
「それが私を侮るペテン師だとしても、塔に入ると来た呪術師を迎え入れたのは、何故だと思う?」
「……主様……俺は……」
丹敷の言葉など聞くつもりはないのだろう。
来贅は、構わず自分の話を続ける。
「その知識体系は様々……思考様式もな。そこに変革が起きて、事を自身の中に治めようと、体裁だけ繕って、最終的な答えに帳尻を合わせる……中々計算高いが、言っただろう、私は呪術そのものは信用しても、術師など信用しないと」
丹敷の肩に置いた来贅の手に、グッと力が入った。
「残念だったな、ニシ……貴桐にもう少し度胸があったなら、それも可能だったろうに」
来贅は、今度は貴桐さんを肩越しに振り向いた。
「相性は悪くなかっただろう。それでもお前が手に入れたその能力で満足か?」
「……黙れと言った」
「流した血のついでに取り込んだその能力で、自分自身を呪った結果は、あの時の自分を超えられたか?」
流した血のついで……。貴桐さんは、その力を得る為に血を使ったと言っていた。
それに来贅は、今度は手加減しないと言った。貴桐さんは、その時にその力を……。
「……黙れと言っている」
貴桐さんの鋭い視線にも、来贅は余裕にも鼻で笑って返す。
そして貴桐さんを見て、こう言った。
「『下等なら無用』」
その言葉に僕は、貴桐さんを振り向いた。
『下等なら無用……俺も同感だ』
貴桐さんは、来贅から視線を外さなかった。目で来贅を捕らえるように睨む目は、怒りを伝えていた。
来贅と同じ言葉が重なるなんて……どんなに悔しい事だろう。
貴桐さん……。
咲耶さんたちが、ゆっくりと僕たちの方に歩み寄って来ている。
貴桐さんの足が地面を蹴るように少しだけ動いた。
来贅は、貴桐さんを嘲笑しながら、こう言った。
「貴桐……お前は『選ばれなかった』んだよ。その呪縛に、いつまでも縛られているんだな」
「黙れ……! 来贅……!」
貴桐さんのその声が合図のように、咲耶さんたちが丹敷を来贅から引き離す。
その瞬間、来贅を中心に円が描かれていた。
「……貴桐……お前……」
円の中から来贅が睨む。
円から放たれた光が、来贅の動きを封じるように絡み付いた。
「だったら……来贅……お前にも返してやるよ」
貴桐さんの指が来贅へと向いた。
「選ばれなかった……呪縛をな」




