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第52話 喚

 貴桐さんは、自分を探していたという塔の男の前に、堂々とした態度で立った。

 言い放った言葉は挑発的で、互いに相性は良くないんだと思わせた。

 「貴桐……認めないのは俺も同じだ。この邪術使いが」

 邪術使いだと? 貴桐さんがそんな訳ないじゃないか。

 その言葉にカッとなった僕は一歩前に出たが、咲耶さんに腕を掴まれ、止められた。

 「……咲耶さん……」

 「今、互いに口にしている言葉は、呪文と同じ……反応した方が術に嵌ります」

 そうだ……咲耶さんの言う通りだ。

 相手の言葉に感情を動かされてはいけない。

 貴桐さんと男の睨み合いが続く。

 咲耶さんたちが貴桐さんの後ろに立った。何かあれば直ぐに動けるよう、貴桐さんを守る為だろう。

 男は、ちらりと咲耶さんたちを見ると、鼻で笑う。

 「ふん……飼い主に忠実な犬か……その忠誠心も今日で終わりだな」


 「ははっ。生憎(あいにく)、俺はお前のように縛りつけていないんでね。待てと引き止める事もないんだよ」


 貴桐さんがその言葉を言い終わらないうちに、男の後ろに控えていた男たちから、わっと声があがった。

 ……速い。

 咲耶さんを先頭に等為さんと可鞍さんが、男たちの動きを封じ、地面に捻じ伏せた。そこには目には見えない力が働いていて、男たちはその圧力に押さえつけられているようだった。

 「……貴桐っ! お前……!」

 凄い形相で貴桐さんを睨む男の手が動く。

 男の口がなにやら言葉を呟くと、庭で上がっていた炎が空を覆った。

 ……熱い。

 ジリジリと焼けつくような熱さが、肌に伝わる。

 あまりの熱さに呼吸さえ苦しくなる。目眩まで起こしそうだ。

 「一夜……! 下がった方がいいっ……! 焼けるぞっ……!」

 侯和さんが僕を後ろへと引っ張った。

 熱さにやられ、クラクラしたせいか、そのままの勢いで僕と侯和さんは、後ろに倒れてしまった。

 貴桐さんと男の攻防戦が始まる。とはいっても、貴桐さんの方が明らかに強い。守りに入っているのは男の方だ。

 咲耶さんたちが押さえつけていた男たちが、圧力を跳ね除けるように咲耶さんたちまでも跳ね除け、立ち上がった。

 直ぐに体勢を整え直した咲耶さんたちと、男たちがぶつかり合う。

 貴桐さんの指がスッと男に向いた。

 ブワッと強い風が巻き起こり、男が弾き飛ばされた。

 男が倒れたと同時に、炎に向けていた男の呪力が切れたのか、空を覆っていた炎が診療所へと落ちていく。


 ……ダメだ。このままじゃ、燃えてしまう。守らなきゃ……ここは圭の……。僕たちの……。

 「一夜っ……!」

 僕は、侯和さんの止める声も聞かず、急いで起き上がった。

 一か八か。

 地面に喚起法円を描く。

 まだ使えるようになったかは分からない。

 それでも……。


 「綺流……!」


 ……あの時と……同じだ。


 それは一瞬の出来事で。

 轟く雷鳴が、辺り一面を照らす程の稲光を走らせて、地鳴りを起こして落雷した。

 落雷したと同時に雨が、溜まっていた水を落とすようにバシャンと一度だけ降り落ちた。

 だけど、落雷したという音は聞こえても、落雷した場所は見当たらなかった。

 そして、綺流の姿もそこにはなかった。

 ただ……。


 消えた炎。静止した塔の男たち。

 貴桐さんが濡れた髪を掻き上げながら、僕の方へと戻って来た。

 「……全く」

 そう言った貴桐さんは、少し困った顔をしていたが、仕方がないかと、ふっと笑った。

 貴桐さんの後ろから、男がゆっくりと近づいて来る。

 貴桐さんは、肩越しに男を見ながら呟いた。

 「本当に……バレちまったかな……まあ……でも……いけるかな……」

 「あ……」

 そうだった……。

 僕の事は……。


 男は、僕を見ると笑みを見せた。その顔は、今まで見せていた顔とは別人のようだった。

 ……え……?

 この展開……。

 僕は、貴桐さんをちらりと見た。

 貴桐さんも僕をちらりと見ると、ニヤリと笑った。


 「わざわざお越し頂かなくても、俺たちだけで十分でしたのに……『先生』」


 貴桐さんは、小声で僕に言う。

 「な? あれで呪術師って言えねえだろ?」

 「はは……」

 苦笑する僕は、これはどう動けばいいのかと、敵なのか味方なのか、綺流はまだ僕を試す気なのかと困っていた。


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