第45話 開扉
塔の動きが大きく変わったのは、あれから二月程経った頃だった。
それというのも流行病で、塔に押し寄せたペイシェントが、塔だけでは当然、対処出来ずに溢れてしまった。
薬も手に入らない、診てくれるところもない。日を増すごとに病は広がり、ペイシェントが増えていった。
状況は人々にとっても、塔にとっても良くないものだった。
そんな中、その目を閉じていたかつての呪術医が動き始めた。
塔は見過ごす事などしたくなかっただろうが、状況が状況だけに今度は塔が目を閉じたのだろう。これで暴動でも起きれば、塔は権力を失う。塔は溢れたペイシェントを、流行病の処置くらいならと、塔に属さない呪術医が診る事を許容した。
そして、その中で僕も診察室の扉を開けた。
「一夜君、お婆ちゃんがこれを使ってって」
「ありがとう、悠理。婆ちゃん、薬草に詳しいから、助かるよ」
僕は、悠理から婆ちゃんが調合してくれた薬を貰った。
「ここがまた、開く事になったなんて……圭ちゃん、戻ってくればいいのにね」
「…… 一時的なものだよ……これが治れば、また閉じるしかない。それでも、圭に見せたいな……」
圭……あれからどうしているんだろう。
僕はその間、貴桐さんに色々な事を教えて貰っていた。
継承者になる為に。
あの時のように綺流から僕の前に現れても、僕が綺流を呼び寄せる事は出来なかった。
圭が『印』と言って、僕の胸に浮き上がった痣も、僕が綺流と『契約』を交わす事の繋がりにはならなかった。
「何か手伝おうか? 一夜君。侯和さんたちも休む時間、ないみたいだし……そうは言っても、案内くらいしか出来ないけど」
「ああ、それなら、悠理の家の隣の爺ちゃん、もう元気になったんだけどね……」
「え、なに?」
僕は、後ろを振り向いた。悠理が部屋を覗き込む。
「連れて帰ってくれない? 咲耶さんがずっと話し相手になってくれているんだけど……もう五時間……あんな感じ……」
爺ちゃんは悪い人ではないが、とにかく話が長い。その内容は殆ど爺ちゃんの昔話だ。
咲耶さんは、嫌な顔一つせず、爺ちゃんの話を聞いてくれている。
「嬉しいんだね、お爺ちゃん。圭ちゃんのお父さんの時とおんなじ。いつも言ってたよ、柯上先生はよく話を聞いてくれるって。それだけで元気になれるって」
「うん」
「でも……お爺ちゃんの話は、長いからね。それにいつも同じ話」
悠理は、爺ちゃんを見ながらクスッと笑った。
「お爺ちゃーん、帰るよー」
「おお、悠理。お前も来たのか。どれ、お前にも聞かせてやるから、こっちにおいで」
「お爺ちゃん、うちのお婆ちゃんのお茶、ちゃんと飲んでる?」
「ああ、忘れておった」
「じゃあ、うちに行きましょ。お婆ちゃんに淹れて貰うから」
「おお、そうか、そうか」
爺ちゃんが杖を片手にゆっくりと立ち上がると、咲耶さんが悠理のところへと連れて来た。
「こんにちは、悠理さん」
「こんにちは。すみません、咲耶さん。お爺ちゃん、連れて帰りますね」
「お願いします。では……お爺さん、また話、聞かせて下さいね」
咲耶さんの言葉に、爺ちゃんは嬉しそうに笑った。
「婆ちゃんによろしく言っておいて、悠理」
「うん。また薬、届けに来るね。お婆ちゃん、久々に作る事が出来て、張り切ってるから」
「じゃあね、爺ちゃん。元気になったからって無理しちゃダメだよ」
「一夜……」
「うん? なに、爺ちゃん」
「……すまんな。一番の年寄りなのに……何も助けてやれんかった……」
ゆっくりと伸ばした爺ちゃんの手が、僕の髪に触れた。
「……爺ちゃん……?」
「……昔の事が、夢か現実かの区別もつかん」
「なに、爺ちゃん、どうしたの?」
爺ちゃんは、僕から手を離すと、遠い目をしながらこう答えた。
「白い髪に蒼い目か……今思えば、あれを見てから呪術医というものが増えたのかもしれんな」
「あれを見てから?」
「ああ……昔の話だ。わしが子供だった頃の話だから、記憶も曖昧だが。元々、医術と呪術は分かれていた。医術ではどうにもならず、死を目前とした者が、最後の力を振り絞って、ある呪術を使うと、止まりかけた心臓が正常な動きを取り戻した。その時に見えたんだよ。白い髪に蒼い目……うっすらと、白い光を纏うようにその者の体に入り込んだ。その者の胸には刻印のような痣が浮きあがっていた」
……刻印のような痣……。
それって……。
僕は、爺ちゃんの言葉に目を見張った。
「その印は『巡り合い』だと誰かが言っていたな……」
「巡り合い……」
それは……必ず会うと決まっていた。
やっぱりこれは……。
僕と咲耶さんの目が合う。
悠理と爺ちゃんの後ろ姿を見送りながら、咲耶さんが呟いた。
「…… 一夜さん……あなたが会った柯上 圭は『分離』した一つ……」
圭の言葉が思い出される。
『それを持っていてくれれば、必ず……必ず俺は、全てを取り戻して、戻るから。約束するよ』
全てを……取り戻して……。
「彼はもう一つ……何処かに分離したものを隠したはずです。それを見つければ、継承出来るかもしれません」




