第44話 過酷
『彼』の名が出た途端に、空気感が変わってしまった。
「だから……誰も『彼』の名を知らなかったんですか……?」
僕が、その名を聞くまで……。圭がそう呼ぶまで……。
「圭が呼び出す精霊は、綺流でなければならなかった……だけど綺流だと言えば、こうなる事は分かっていたんですよね……圭は……」
「一夜……圭は……他に選択肢なんてなかったんだよ……」
「元々……僕の中に宿っていたものが、そうさせたんですよね……」
「その要素を含んでいた……そういう事になる……願いで性質が決まると言ったって、宿っているものにそれがなければ、重ならないからな……」
そう答えた侯和さんは、僕から視線を外し、苦笑を漏らすと、自分の胸元を掴んだままの貴桐さんの手首を掴んだ。
「お前だって……そうじゃなかったのか」
「……侯和」
「じゃあ、他にあるなら教えてくれよ、貴桐……それ以外の選択肢なんて、何処にあったんだ」
真剣な目を向ける侯和さんに、貴桐さんの言葉が脳裏を過ぎった。
『興味あるだろ? 俺の中。お前が知りたかった事と同じようなもんだ』
貴桐さんが言っていたその言葉が、僕に意味を気づかせた。
「望んだのは同じレベルの能力じゃない。それ以上の能力だろ」
「侯和……お前……」
「お前の能力だって、その結果じゃないのか……?」
「……侯和……」
侯和さんを掴んでいた貴桐さんの手が、力を緩めてゆっくりと下りた。
「そこにその選択肢があったなら、迷わずそれを選ぶだろ……貴桐……お前なら理解出来るんじゃないのか。手に入れたいのは『何の能力』じゃない『彼の能力』だ。それは選ばれた者しか得られないものだろ……誰にでも手に入れられるものじゃない」
「だからって、許容を超えれば、侵食されていくだけだっ……! 圭が耐えられると思っているのか……!お前は圭の復讐心に、自分の復讐心を重ねただけだろう! もし、圭が耐えられなければ、綺流の存在が塔に知られ、塔は圭と共に綺流を利用する……そうなったら今よりもっと残酷な事が起きる」
「だから……宿を探していたんだ……宿なら……」
「……それで……ブリコラージュするとでも言いたいのか……?」
二人の視線が僕に向いた。僕を見るその表情は、辛そうだった。
ブリコラージュ……あり合わせの材料で修繕する……。
手に入れたいと望んだのは、『彼の能力』
僕の中に宿っていたもの。そうなっても仕方がない……。
『アレと心を重ねたら、何も感じなくなるぞ』
心……重ねる……。
……だから……圭が……。だから……僕は……。
グルグルと巡る思考が、点と点を繋いだ。
……頭に、強い衝撃を与えられたみたいだった。
ふらりとよろめいた体を、咲耶さんに支えられた。
「僕は……大……丈……夫……」
途切れ途切れになった僕の声に、貴桐さんが駆け寄る。
「一夜……!」
なんでそんな言葉を使う事が出来たのだろう。
「大……丈……夫……」
そんなに簡単に……言える事じゃなかったのに。
茫然と呟いた僕に、貴桐さんがしっかりしろと肩を掴んだ。
「一夜……!」
僕は、貴桐さんの言っていた言葉を思い出しながら、彼をぼんやりと見つめた。
『自分に自分で呪いを掛けるのと一緒だな。その力を自分の中に取り込むんだから。正直、その苦痛に耐えるのは、半端なもんじゃない。自分の許容を遥かに超えるものを取り込むんだ、かなりのもんだよ』
やっと……その意味が分かった。
「……貴桐さん……僕が……そうしたんです……だから……そうなっても仕方がないんです」
僕の様子に、貴桐さんは僕の思考を読んだのだろう。
「……もういい」
「僕が……『大丈夫』だと……」
「もういい、一夜……」
「僕が呪いを掛けたんです……!」
もう言わなくていいと止めるのも聞かず、僕は思いを吐き出すように言い切った。
『大丈夫』という言葉は、使う事の出来た唯一の呪いだった。
それはずっと以前から僕は知っていた。
父と母が死んだ時に。
『助けて……下さい……』
その言葉を初めて耳にしたのは、僕自身が開いた口から出たものだった。
『大丈夫……』
僕は、壊れてしまいそうな心を『麻痺させる呪い』を掛けたんだ。
それでも。
『助けて……下さい……』
何度となく聞いたその言葉に、手を出す事が出来なかった。許されなかった。
僕に出来る事は、その精神的苦痛を解放する事だけだった。
圭の両親の時も。
圭の悲痛な叫びは、僕の思いと重なった。
『助けて…… 一夜……壊れてしまいそうだ……』
だから僕は。
『助けて下さい……。僕の心臓なんていらないから……』
その苦しみを、その憎しみを……利用して。
『その代わりに、大切なものを奪った者を……殺して』
宿していた。




