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第39話 混濁

 心臓が……怖いくらいに大きな振動を体に与えた。

 込み上げる感情が、押し潰しそうな程に、伝えたい思いが喉元で混雑する。


 「…… 一夜……」


 その声も、僕を見るその目も、僕が知っている圭だった。

 「圭っ……! 圭ーっ……!」

 互いに伸ばした手は。

 掴めない。

 掴めない。

 悲しげに笑みを見せた圭の目から、涙が零れ落ちた。

 大きく膨らんだ炎に阻まれ、僕はその場から消えた……。

 消えていく中で、塔の中が見える。他のブロックの様子も、そこで何が行われているのかも、それは凄いスピードで目に飛び込んで、頭に流れてくるようだったが、理解速度は追いついていた。

 怪しげな呪術。そこまで必要とは思えない術式。いや……その術式は正しくない。

 切り刻む内臓の破片が、真っ赤な血と共に飛び散った。

 繋ぎ合わされて作られる新たな臓器は、他人の体に移植される。

 唱えられる呪文は、重く体に纏わり付くような呪いだ。

 生と死を分けるその瞬間は、あまりにも短いもので、そこに命の重さは感じられなかった。

 「綺流……綺流……綺流……!」

 僕を戻せ、あの場に戻せ、そう思ったが。

 僕の熱くも込み上げた怒りと、どうにもなりそうにもない苦しみをバッサリと切り落とす声が頭に流れ込んだ。


 「死にたいというのなら……そうしましょう」


 ……真っ暗だった。

 何を考えているのか分からない。

 敵なのか……味方なのかも分からない……。

 そんな疑問さえ、全て無くした言葉だった。


 僕は……無力だ。


 気力を無くした僕の体は力が抜けて、塔の中を落ちて行くようだった。

 塔の最上階にいる人の姿が見えた。そこで話されている声が頭に流れ込んでくる。

 「まだ見つからないのか。ケイは……何処に隠した……?」

 圭が……隠した……?

 「ふん……分離してもあそこまで足掻くなど中々だが、それも時間の問題だろう。だいぶ従順になってきたようだしな……」

 そう言った髪の長い長身の男は、鋭い目を見せていた。

 「必ずケイに呼び出させろ。それに必要な血と臓器なら、いくらでもある」

 「はい、主様」

 ……あれが……主様……。

 何を……探しているんだ?

 必要な血と臓器……いくらでもって……。

 「それにしても……よく集まるものだ」

 髪の長い、主様と呼ばれた男は、クッと肩を揺らして笑った。

 「待ち時間の長さがペイシェントの量を示しているだろう。あの固まりは……ゴミにしか見えん。それでも中身には、使えるものが一つくらいはあるだろう」

 ……ペイシェントが……ゴミだと……?

 「精霊使いの『継承者』を必ず……我ものに」

 精霊使いの継承者……。

 それって……貴桐さんと侯和さんが言っていた……。


 『探し始めるよ、奴ら』

 『……ああ。『継承者』をな』


 ……継承者って……誰……。

 意識が遠くなっていくようだった。

 色んな事が一気に頭の中に入り込んで、酷い疲労感に襲われていた。

 「一夜……! 一夜!」

 「おいっ…… 一夜……!」

 貴桐さんと侯和さんの声が、何処からか聞こえる。

 二人が僕を連れ帰ってくれたのだろう。

 僕が目を覚ましたのは、自分の家だった。

 目を覚ました時には夜になっていて、月明かりが差し込む薄暗い部屋の中で僕は圭の事を思い返していた。

 ベッドから半身を起こして、頭を抱えた。

 「う……」

 なんにも出来なかった自分が悔しくて、込み上げる思いは苦しさばかりで涙が出た。

 部屋のドアが静かに開いた。

 僕のところに来たのは、咲耶さんだった。

 「大丈夫ですか」

 「……はい」

 咲耶さんは、僕のベッドの近くに椅子を置くと、そこに座った。

 「お婆様は無事に戻られたようですよ。良かったですね」

 「……はい」

 「一夜さん……」

 咲耶さんの何か聞きたそうな声に、彼を振り向いた。

 「『彼』に会いましたか?」

 「……どうして分かったんですか」

 「それ……」

 咲耶さんは、僕の目元をそっと指差した。


 「変わってますよ。目の色が」

 ……僕が……侵食されていくようで体が震えた。

 だけどそれは、恐怖なのか歓心なのか分からなくもあった。

 そんな思いを持ったのは、無力だと知った僕が新たな力を得られると、奇跡を信じたからなのだろう。


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