第3話 解離
それは。不思議な感覚だった。
綺流の目を見る度に、僕が抱えた苦痛と後悔が思い起こされ、それが逆に憎しみへと変わるように苛立ちが芽生えた。
だけど冷酷にも淡々と、平坦に、その感情を受け止められている。
これが理性と本能で導き出した答えなのだろうか。
抱えた感情の中に答えがあり、そしてそれは僕の本音だ。
その本音が、少しずつ騒ぎ始める。
冷静に。冷酷に。静かな怒りが感情を固める。
だけど僅かに残った弱さの欠片が、無理だ、やめろと引き止める声をあげたが、遠くに聞こえるように頭の中を掠めていくだけだった。
その弱さを引き離すように、押し込める思いが強さを増していくばかりで、その思いの強さは……もう止められそうにもない……。
まるで、僕の中で僕の精神が分裂でもするかのように、そして分裂の中で強く響くものが僕の支配を決めるようだった。
何処からか突然、現れたものが僕の中に入り込んで、定着していく……そんな感じだった。
それは、僕の今のあり方を決めるという事……。
僕が僕を決めるという事。
だけどその僕は僕を……分からない。分かろうとしない。きっと分かり合えない。
弱いだけの自分を否定したいのは、弱い自分を超えたいからだ。
……ああ。そうだ。探さないと。見つけないと。
あの時もそう……思っていた。
あり合わせの材料。ブリコラージュ……。
回避する為の手段。この手の中にあるものは……。
僕の中にある、僕の『材料』を使って……見つければいい。
そうしたら……目を覚ますから。
目を覚ましたら、きっと僕は、僕を超えられる……と。
後悔ばかりの弱い自分と、そんな自分を否定出来る強い自分……。
交差する思いは、僕の記憶と重なって、僕の中で勝者を決める。
当然、僕は……僕を超えたかった。
「……綺流」
「はい」
「僕が望む事、全て……思いのままに。僕が殺せと言ったら……殺せ。勿論、躊躇なく」
そう答えた僕の声は、とても冷ややかだった。
「良いお目覚めのようですね。そうでなくては、お会い出来た意味もないというものです」
僕の言葉を聞いた綺流は、満足そうに微笑んだ。
僕は、そんな綺流を少し冷めた目で見ていた。
「一つ……お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ……?」
「あなたは……その中に何をお持ちですか……?」
ゆっくりと瞬きをする綺流は、心の奥底を見るように僕の目線を捉え、見つめた。
「それは……僕の事を知るという事か……?」
僕は、綺流の問いにフッと笑った。まるで馬鹿馬鹿しいというように。
「お答え頂けるのであれば……と」
「……そうだな……」
溜息をつくと僕は、綺流をちらりと見て、口元に笑みを浮かべる。
綺流は、そんな僕の顔を興味深そうに見ていた。
無力だと知った。
あり合わせの材料だけでは足りなかった。
そもそも僕は、その『材料』を使い果たしていた。
だから探しても、もう見つからなかった。
そこで僕が補ったものは、そこにはないものだった。
……僕の中に眠るもの。眠っていたもの。
目を覚ましたら僕は。
そこにはないものを手に入れた。
それがこの結果だと、僕は気づいている。
ああ……そうか。そうだったんだ。
無力だったのは、僕の中にあるものだけでは足りなかったから。
僕は、僕にないものを僕の中に引き入れた。
「そうだな……綺流……」
僕は、綺流の蒼い瞳をじっと見つめて、呟くように静かに答えた。
「……僕の事は……知らない方がいい」