第38話 悲壮
……綺流……。
それが『彼』の名前なのか……。
他の誰とも違う存在……それは分かってはいた事だが、この状況……。
喚起法円って……精霊を呼び出そうっていうのか……?
じゃあ塔は、精霊の存在を信じているって事なんだろ……。
だったら……。
彼が精霊だと知っているのは、圭の他にはいないのだろうか。
そんな僕の不安を他所に、僕の中に入ったままの綺流は、床に大きく描かれた喚起法円に近づいた。
そしてそれを見ると、嘲笑するようにクスッと笑った。
……あのさ……僕の体でやめてくれる……?
そう思ったが、綺流がそんな態度を取るのも、口にする言葉で理解してしまった。
「……こんな状態で気づかないようでは……使えませんね……」
圭を振り向きながら言ったその言葉に、圭の表情が険しくなった。
「なんだと……?」
睨むような目を僕に向ける圭。
綺流の言う事も納得出来ない訳じゃない。
だって……ここにいるのは、僕なんだから。
確かに、綺流が僕の中に入った事で、その仕草も容姿もそっくりな事だろう。
だけどこの状態に気づかないのは、呪術師としては不完全だ。
「……不満ですか……? でしたら……」
僕の足が歩を進み出し、円の中央に立った。
……ちょっと……なにすんだよ……?
「試してみましょうか」
綺流がそう答えると、蝋燭の火が一瞬フワッと揺らめいた。
無言で僕をじっと見つめる圭は、冷めた表情を見せていた。
少しの間、目を合わせたままだったが、圭はフッと笑みを漏らすとこう言った。
「……下等なら無用だ。死に損ないの血を集めたところで、真っ当なものが作れるとは到底思えなかったが、ふん……多少の役にも立たないとは、くだらないものだな」
……死に損ないの血……?
多少の役にも立たない? くだらない?
なんだよ……その言い方……冗談だろ。
圭は、円の中にいる僕へと近づいて来る。
「治せないものは治せないんだよ。どんな医術も、どんな呪術をもってしても……ね」
「延命治療に合意的でない……そう言えばいいのではないのですか。奇跡など期待する方が期待外れになりやすい……そう思いませんか」
「あはは。馬鹿だな。そうじゃない。あり合わせの材料……ブリコラージュ。この呪術的思考は、奇跡を生む……せめてその材料の一つにでもなれば、意味も持てたというのにな。残念だよ」
……残念だよ……?
吐き捨てるように言った言葉に腹が立った。
これが圭だというなら、僕は認めない。
その考え方は間違っていると、ハッキリ言ってやる……!
「圭っ……!」
僕を押さえ込んでいる綺流を超えて、僕の声が圭の名を叫んだ。
「……!」
その声を聞いた圭の驚いた表情を見たと同時に、僕の中の圭の心臓がドクンと大きく波打った。
「……お前……う……あっ……」
圭が急に頭を抱えて苦しみ出した。
「圭っ……!」
圭に手を伸ばそうとした瞬間、蝋燭の火がバッと勢いを増して燃え上がった。
燃え上がった火が、僕と圭の間を阻む。
「うわあああああああっ……!」
火の間から、圭が頭を抱えて床に伏せる姿が見えた。
「圭……!」
火に阻まれて、圭に近づけない。
圭の叫び声を聞きつけて、人が数人駆けつけて来た。
「どうしました? 大丈夫ですか! 先生……!」
圭も……先生……。
頭を抱えながら圭は、苦しそうに顔を歪ませて、僕を見た。
僕の中の圭の心臓が、騒ぐように大きな音を立てる。
急に……どうしたんだ……。
……圭……。
片手を僕へと伸ばすように向ける圭は、悲しげに笑った。
「…… 一夜……」
「圭っ……!」
僕の名を呼んだ……。
僕も圭へと手を伸ばしたが、互いに伸ばした手は掴めず、僕は燃え上がる炎の中から……消えた。




