第37話 無情
思いもしなかった姿だった。
今、僕の前にいる圭は、僕が見た事もない冷ややかな表情で、口にする言葉は耳を疑う程、信じられない言葉だった。
部分的にも聞いた言葉、見たものが僕の頭の中で答えを出した。
それが僕を闇へと導くようだった。
……なんで……こんな事を……。
Fブロックは血液……今日、ここで行われる術式……さっき見た生気の無いペイシェント。
そして、血に染まった圭の姿。
瀉血とは、人体の血液を排出させて症状を改善する治療法の一つではあるが、この状況……どう見たって正しいとは思えない。
……圭……。
本当に圭なのか、一体、何をしているのか、信じられない思いが強過ぎて、疑問をそのまま口にしようとしたが、僕の口は『彼』の言葉で動かされる。
「これはこれは……随分と物騒な事を言いますね。あまりに似つかわしくない……」
「ふん……似合うも似合わないもあるものか。必要なものは取り置くが、不要なものは捨てればいい、それだけの事だろう、何を躊躇う事がある?」
……もう……聞きたくない。
こんな圭、見たくない。
もし僕が、僕だと声をあげたら、圭はどんな顔をするのだろう。
この塔の中にいた事が、圭を変えてしまったと思う自分が、僕に気づいてくれたら戻ってくれるんじゃないか……そんな思いが浮かんでいた。
だって圭は……誰にでも優しくて、自分よりも他人を優先する。自分の両親のようになりたいと、どれだけ圭が努力を重ねてきたのかも、僕は知っている。
『死』というものは、人が最終的に辿り着くしかないものだけど、理不尽な死を突然に目の当たりにした僕も、圭も。
『死ぬまで抜く?』
そんな簡単に、そんな言葉を言えるはずがないんだ……!
冷静になれない僕を、冷静な……いや……冷酷、なのだろう、『彼』が押さえ込んでいるのが息苦しかった。
息苦しくて、苦しくて、潰れてしまいそうな僕の心臓の鼓動はやけに強くて、逆に圭の心臓の感覚は分からなかった。
……おかしいよ。
こんなの、おかしいよ。
だって、『彼』と初めて会った時、僕の頭の中に飛び込んでくるように見えた圭は、あの時と変わらない笑みを見せていたじゃないか。
なのに、ここにいる圭は、別人のように冷たい目を見せる。
じっと圭を見つめる僕に、静かにクスリと笑う。
そして踵を返すと、肩越しに僕を振り向いて言う。
「早く来なよ。完成度はかなりのものだと思うけど? お前が見れば分かるだろう?」
……完成度……? 見れば分かる……?
『それで……圭が作り上げるものが完成しますから』
あの時の言葉と重なったが、そこに僕が関わったからとは思いたくなかった。
先に行く圭の後を、ついて行く僕。
そして、明かりのない部屋で圭は立ち止まった。
圭は、また僕を振り向いてクスリと笑う。
暗い部屋で何も見えなかったが、一つずつ蝋燭に火が灯り出した。
次第に明るくなった部屋で僕が見たものは、貴桐さんが描いていたものとよく似ていたものだった。
血で描かれた……『喚起法円』
「どう……? かなりの出来だろう?」
圭は、笑みを浮かべた顔で僕を見ると、僕をこう呼んだ。
「綺流」




