第34話 憑
目の前に現れた『彼』に驚く僕は、壁にピタリと張り付くように寄り掛かった。
『彼』がどんどん近づいて来る。
同じ服装をしていると本当に……鏡を見ているようだ。
ただやはり違うのは、髪の長さと、目の色……僕よりも少し長く、少し蒼い。
そして……この感情を見せない、無の表情。
今、僕が彼を見て、驚いている顔なんて、絶対に見せないんだろうな……。
「こんなところで何をしているのですか……?」
「え……いや……」
彼は僕に近づくと、壁に片手をつけ、僕の顔を覗き込むように見た。
「またお会い出来るとは……光栄です」
そう言って、クスリと静かに笑った。
塔にいる彼だが、この状況……どっち側……?
僕はやっぱりまずい状況なのだろうか……。
圭が彼と繋がっていると知っているだけに、味方をしてくれるんじゃないかと期待してしまう。
だけど……分からない。圭は一緒じゃないし、なにせ彼が何を考えているのか全く読めない。
本当に敵なのか、本当は味方なのか。
……分からない。
答えに迷う僕を、興味深そうに見る彼。
僕は、何も答えられずにいた。
少しの間、無言が続いた。
奥の方から何人かの靴音が聞こえてくる。僕は、その音にハッとした。
……こっちに来る。
咲耶さんに言われた言葉が、脳裏を過ぎった。
『彼が二人いたらまずいでしょう?』
近づく靴音。僕は、その方向に目を見張った。
……どうしよう。彼と一緒にいるところを他の人に見られたら……もう無理だ。
だからといって、助けて欲しいなんて、彼に事情を話す事も決められない。……ここまでか。
額に滲む汗。ギュッと両手を握り締める。
何の覚悟を持ったつもりか、僕自身、分かっていないけど、きっとこれは諦めなのだろう。
そんな僕を見ていた彼は、クスッと静かに笑みを漏らした。
僕は、その声に彼を見る。
「……仕方ありませんね……」
「え……?」
僕を見る蒼い瞳が、僕の目を捉えて離さない。
……吸い込まれてしまいそうだ。
彼の指先が、僕の額に触れる。
「あ……」
その瞬間に、心臓の鼓動が激しく波打った。
息苦しくなって、その場に座り込む僕を見下ろす彼は、僕を捕まえるように両手を伸ばす。
……な……に……?
苦しさに顔を歪ませながら、近づく彼を見上げた。
「なにを……す……」
そう彼に向かって言う僕だったが、言い終わらないうちに彼が視界から消えていく。
……また……この感覚。
頭の中で見える、彼の姿。
僕と彼の姿が重なっていく。
体の中から伝わる声が、僕の意思を訊ねるようだった。
……僕は、誰……。僕は、何……。
ゆっくりと立ち上がる僕は、靴音が近づく方へと向かった。
頭の中で弾けるように響く声が、僕の欲する今を決める。
「望む事、全て、思いのままに」
数人の塔の男たちが、僕の向かい側からやって来た。
僕は、彼らの姿を目で捉えると、彼らが僕の前に立つのを待ち構える。
僕の姿を見つけた彼らは、驚いた顔を見せていた。
「……何故……こんなところに……?」
僕の口元がクスリと静かに笑みを見せた。
「この先の部屋にいる方を……直ぐに解放して下さい。いいですね……?」
そう言った僕の表情は、彼と同じだった事だろう。




