第33話 愕
塔が近くなってくる程、本当に大丈夫かと不安が強くなる。
僕は、少し落ち着こうと深呼吸した。
『普通に、正面から、堂々と』
貴桐さんに言われた言葉で、心を固める。
……よし、行こう。
婆ちゃん、今、助けに行くから。
僕は、塔の中へと足を踏み出した。
『いいか、中に入ると数人の下層連中が、ペイシェントの案内でバラけている。その中を何も関わる事なく過ぎ去って、奥へと向かえ。奥に行くと地下に行く階段がある。おそらく、その地下にある部屋にいるはずだ。そこには見張りがいるから、そいつと話をつけろ。大丈夫だ、堂々と、普通に構えてろ。お前の姿を見れば、逆らえはしない』
そう貴桐さんは言ってたけど……。
中に入るのは初めてだ。
言っていた通り、下層の人たちはペイシェントについていて、あちこちにバラけていた。
ペイシェントの数はかなり多い。
忙しそうだな……。
その中を平然とした態度で抜けて行く僕を、下層の一人がじっと見た。
……気づかれた……?
僕をじっと見ている下層の男が、こっちに近づいて来る。
……マズくないか……これ……。
僕は、表情を変えず、歩く速度も変えなかった。
「……あの……」
話し掛けられた……。
ドキッとしたが、悟られないように、僕はゆっくりと男に視線を向けた。
『彼』なら……どう答える……?
僕は、あの時会った『彼』の動作、言葉使い、声のトーンを頭に浮かべた。
感情を見せない、冷たい瞳。
静かで落ち着いている、ゆっくりとした口調。
殆ど瞬きもせず、呟くように小さく口を動かしていた。
「……なんでしょうか」
「先生方が探しておられました。Fブロックで行われる術式だと思うのですが、時間が早くなったようです。ですが……何故……階下などに……」
……はは……何故……。僕もそう思ってる。
僕は何も答えず、男をじっと見つめた。
「あ……余計な事を言いました。申し訳ありません。失礼致します」
そう言い、頭を下げると、僕から離れて行った。
ホッとする反面、体が震える。
なんか……この姿、圭に見られたくない……。
もう……こんな事やってたら、僕の存在の方がなんなのか分からなくなってくるよ。
それにしても……凄い広いな。ブロックごとに術式が分かれてるって侯和さんが言ってたけど、そのブロックごとに診療科も分かれているんだ。
Fブロックって……血液……か。
ああ、早く奥に向かわなくては。
長い通路を抜けていくと地下へ行く階段が見えた。そこは明かりも殆どなく、薄暗かった。
さっきのところとは、随分と雰囲気が違い過ぎる。人の姿もない。
階段を下りる靴音が、やたらと響く。長い階段だ。
やっと階段を下りると、また長い通路が続いていた。通路は迷路のようにあちこちに分かれていた。
とにかく奥に進めと貴桐さんは言っていた。
……あれ……?
辿り着いた場所で、頭が少し混乱する。
僕は、奥へと真っ直ぐに進んでいたつもりだった。
……行き止まり……。何処かで間違ったか……? でもそんなはずは……。
後ろを振り向いたが、何かがおかしい。
通路を真っ直ぐに来たのに、壁がある。
……なんで……? どうなってるの……?
こんなところで抜けられなくなるなんて、冗談じゃない。
僕は、抜けられる通路を探した。
何処かには繋がっているはずだ。
通路という通路を抜けるが、階段どころか、部屋も見つからない。
……まずい。
焦り始める僕は、通路を走り回る。僕の靴音が余計に僕を追い詰めるようだ。
走り疲れ、混乱する頭を少し落ち着かせようと、僕は壁に寄り掛かり、天井を仰いだ。
「……困ったな……」
もう一度、探そうと目線を前に戻す。
「……っ!」
……なんで……。
透き通るような白さ。
感情を見せない、冷たい瞳。
静かで落ち着いている、ゆっくりとした口調。
殆ど瞬きもせず、呟くように小さく口を動かした。
「何か……お困りのようですね……?」
僕の前に『彼』がいた。




