第32話 儘
「僕が……『彼』のフリ……ですか……?」
何となくは気づいたが、本当にバレないのだろうか。
そもそも『彼』はあの塔の中で、どれ程の存在なんだろう。
それに……。
「あの……塔ではカタカナ二文字がコードネームなんですよね? 『彼』はなんて呼ばれているんですか?」
初めから『彼』としか聞いていなかった。誰も『彼』の名前を口にしない。
『彼』は圭と常に一緒なのだろうか。本当に精霊だと思われていないのだろうか。
あの時見た『彼』は、不思議な雰囲気を感じさせた。
いくら僕から気を持って行ったからって、完成って……人に見える事だけを完成とする訳じゃないだろう……?
それは本当に必要な事だったのだろうか。
分からない事が多過ぎる。
僕の問いに二人は顔を見合わせた。
……なんか……妙な雰囲気。
「えっと……あの……」
なんにも知らないで『彼』のフリ……出来なくないですか……。
「うーん……そうだな……」
貴桐さんは、僕から手を離すと、腕を組んで斜め上に目線を動かした。
あ……なんか……適当な理由考えてる……よね?
「……もう……いいです」
知らないんだ……。でも、そんな事……あるの……。
だって、塔の中にいるんでしょう……。
「取り敢えず、着替えてきます」
「ああ、じゃあ咲耶に用意させる。それを着ていけ。着替え終わったら、塔の中の説明するから」
「……あ、はい、分かりました」
って、僕。もう貴桐さんの言われるがままになってる……。
大丈夫かな、本当に。
「完璧だと思いますよ」
僕の着替えを手伝ってくれた咲耶さんは、そう言って笑った。
鏡に映った自分の姿を見る僕も、確かに『彼』にそっくりだと思った。
「髪の長さが少し短いですが、まあ、襟で誤魔化せるでしょう。きっとそこまで気づかないと思います」
「この服……どうしたんですか?」
「僕が着ていた塔の服を少し手直ししました。あそこは基本、形は同じで、色が違うだけですから」
「こんな短時間で……」
「色くらい、簡単に変えられます。その色の中にあるものを分解して、組み換えればいいだけの事です」
そんな事も出来るんだ。
咲耶さんも呪術師だもんな……。
「一夜さん……」
僕の後ろに立つ咲耶さんを、鏡越しで見る。
咲耶さんも、鏡に映っている僕に視線を向けていた。その表情はとても真剣だった。
「塔の中で『彼』と会わないよう願っています」
そう言った咲耶さんは、にっこりとした表情に変え、言葉を続ける。
「『彼』が二人いたら、まずいでしょう?」
「あ……そうですよね……」
僕、本当に大丈夫かな。
こんな形で塔の中に入り込む事になるなんて。
「気をつけて行ってきて下さい」
「はい」
着替えを終えた僕は、貴桐さんに塔の中の話を聞きに行った。
貴桐さんと侯和さんは、僕をじっと見つめて視線を外さない。
「ホント、そっくりだな」
「ああ、これなら貴桐の言うように、バレないかもな」
「じゃあ、説明するぞ。よく聞けよ」
そして僕は、塔の構造、どうやって婆ちゃんを連れ出すかを貴桐さんに聞いた。
「いいか、一夜。分かったな? 俺が今、言った通りに動け」
僕は、貴桐さんの言葉に頷くと、家を出た。
少し距離を置いて、貴桐さんと侯和さんがついて来ているのは気づいていた。




