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第31話 恟

 貴桐さんと侯和さんが行ったら、きっともう戻って来ない。

 帰って来ると信じて待つだけは、もう嫌だ。

 僕にだって出来る事があるはずだ。

 それに、もし逃げた事がバレたとしたら、咲耶さんたちだって……。

 塔が許すなんて事はないだろう。

 そんなのは絶対に嫌だ。

 もう、圭の両親と同じような事になって欲しくない。

 圭の両親だけじゃなく、塔に属さなかった呪術医はみんな迫害された。

 ……もう……二度と戻っては来ない。会う事も出来ない。

 塔の影に隠れて怯えて暮らすのも嫌な話だが、塔の機嫌を損ねない生き方を選ぶしかないなんて、息苦しい生き方に変わりはない。

 それなのに、みんなそうやって取り繕って生きている。

 それでも死にたくないと生きている。

 こんな……窮屈な世界なのに。

 塔に行く事がなければ、縛られる事もなく暮らせるというのが、間接的な見方になるのだろう。

 何事もなければ、関わらずに済む。

 だけど、結局は切れない接点だ。

 体調が悪くなれば、行かざるを得ない。

 それでも行きたくなければ、死を選ぶ、という事だ。


 「僕が一人で行きます」


 僕の言葉を聞くと、二人は顔を見合わせて困った顔をした。

 「……無理だろ」

 溜息混じりに貴桐さんがそう呟き、その後に侯和さんが口を開いた。

 「一夜……分かっているとは思うが、そう簡単に連れ出せはしない。ましてや、知り合いのお前が行く事で、お前も同罪扱いにされて、出てこられなくなる可能性もある」

 「……分かっています。だけど、塔の邪魔をした訳でもない……薬なんて作っていないんだから」

 「お前一人じゃ無理だ」

 貴桐さんはそう言って、僕をドアの前から退けようと肩を掴んだ。

 「だけどっ……! 貴桐さんと侯和さんが行ったら、この先、なんにも変えられないじゃないですか。また同じ事の繰り返しじゃないですか……それに咲耶さんたちだってどうなるか……」

 意地でもドアの前から退こうとしない僕に、二人は困ったと溜息を漏らした。

 肩に置かれた貴桐さんの手が、僕の頭に触れる。

 「どうする、侯和?」

 貴桐さんは、僕をじっと見たまま、侯和さんに訊ねる。

 「あの……貴桐さん……そもそも僕、子供じゃないから……」

 「そんな事は分かってるよ。なあ、侯和? どうする?」

 「どうするったって……」

 貴桐さんは、侯和さんに訊ねながら、僕の頭をポンポンと軽く叩いた。

 「貴桐……お前、何考えてんの……」

 侯和さんは、貴桐さんが何を思ったのか気づいたようだ。

 僕も何となく察している。

 ……貴桐さん……まさか……。

 「連れて行かれたって言っても、薬草採ってたくらいなら階下止まりだ。多分、あの下層連中なら……気づかねえんじゃねえ? 俺たちと違って」

 貴桐さんは、企みを含めた笑みを見せる。

 「えっと……貴桐さん……」

 なんだか……話が……。

 「僕は、普通に正面から話をしに行こうと……」

 「普通に、正面から行けんだろ。堂々と、な?」

 「おい、貴桐……お前ね……それはどうかと思うけど……」

 侯和さんは、困った顔をして、髪をクシャクシャと掻くと溜息をつく。

 貴桐さんは、ニヤリと口元に笑みを見せて言った。


 「『彼』のフリっていうのも悪くないんじゃないか?」


 ……やっぱり、その考えですか……。

 この髪の色とこの顔が、こんな事に繋がるなんて、あの時は思いもしなかった。


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