第30話 懆
その日の朝は、騒がしかった。
家のドアを叩く音が、明るくなった空に響いていた。
僕は、何事かと飛び起きた。
……まさか……貴桐さんたちの事がバレたんじゃ……。
真っ先にそう頭に浮かび、ぞっとしたが、外の様子を窓からそっと窺う。
……うん……?
見えた人の姿に僕は、ドアを開けに向かった。
貴桐さんたちが家に来てから、二週間程過ぎた。彼らは死んだと思わせられたのか、塔が貴桐さんたちを探しているようには感じられなかった。そして塔の様子も、特に何かが変わったという事もなさそうだった。
僕の事なんか、分かるはずもないよな。
そんな簡単に突き止められるとも思えないし……。
「こんな朝早くにどうかしたの? 悠理」
「一夜君、大変なの、お婆ちゃんが……」
「婆ちゃんが……どうしたの……」
……嫌な予感しかしない。
悠理は、焦りながら何が起きたのかを、僕に話し始める。
「薬草を採りに行ったら、塔の人たちに会って……薬を作っているのかって……お婆ちゃん、連れて行かれちゃった……」
ポロポロと零れ落ちる涙を拭いながら、悠理はそう答えた。
「なんだって……」
悠理の婆ちゃんは、薬草に詳しく、自分で調合したものを圭の両親のところに届けに来ていた。
その時にいつも一緒についてきていたのが、僕より二つ年下の悠理だった。
不安を抱えた瞬間、僕の中の鼓動が騒ぎ出す。
少し苦しくなった僕は、胸に手を当てた。
……圭の心臓の鼓動が……強い。
「どうしよう……どうしよう…… 一夜君……お婆ちゃん、薬はもう作っていないのよ。薬草って言ったって、お茶にして飲むくらいの種類のものなの……そんなの、薬だなんて言えないでしょう? なのになんで……そんな事もダメなの……?」
圭の両親の事を思い出してしまう。
有無を言わさず、連れて行かれた。
「お父さんもお母さんも、どうする事も出来ないって……怖いのよ……圭ちゃんのお父さんやお母さんみたいになったら……」
「……悠理」
「……ごめんなさい。一夜君だって、思い出したくないよね。それに……圭ちゃんは、今は塔の……」
「悠理……!」
悠理は、圭が塔に入った事を納得していない。それは勿論、僕も同じだが、悠理の婆ちゃんがこんな事になった後では、圭の事も同じように憎しみの対象になるかもしれない。それは避けたかった。
僕の髪の色が変わったのは、圭のせいだと思い始めてる。だから尚更、否定したかった。
「圭の事は、思い出にした訳じゃないから」
「…… 一夜君……」
悲しげな顔をする悠理。僕は、笑みを見せた。
「僕が塔に行って、婆ちゃんを連れて帰って来るから、悠理は待っていて」
「私も行く」
「ダメだ。僕が行って来る」
「でも……」
「圭がいるんだ、だから大丈夫だろ。僕と圭の仲は変わっていないよ」
悠理を心配させないように言ったつもりだったが、自分が悲しくなった。
不安な表情が消えない悠理だったが、大丈夫だと繰り返し、家に帰した。
家の中に戻ると、貴桐さんと侯和さんが立っていた。
聞いていたんだ……。
「……行くのか」
貴桐さんの言葉に、僕は頷いた。
「そうか……じゃあ」
貴桐さんはそう答えると、外へ出ようとする。侯和さんもだ。
「え……待って下さい。貴桐さんと侯和さんは行かない方が……」
擦り抜けていく二人を止める僕に、彼らが振り向く。
「放っておく訳にいかねえだろ。俺と侯和の方が、中は詳しい」
「だけど……もし見つかったら……」
折角、塔から出てきたのに、また戻るなんて……。
表情を曇らせる僕に、侯和さんが答える。
「塔も俺たちが死んだとは思っているかもしれないが、逃げたとは思っていないだろう」
そう言って二人は僕から離れた。
『俺……行ってみようかな』
自分がどうなるかなんて後回しで、自分に何が出来るかを考えた圭。
……もう嫌だ。
僕の前から、誰かがいなくなるのは……。
彼らよりも先にドアに向かい、開けさせないように立った。
「一夜……」
もう嫌だ。
僕は、ハッキリとした口調で二人に言った。
「僕が一人で行きます」




