第28話 憺
「全く……無茶な事、してくれるよ。侯和も圭も」
貴桐さんは、両手を上げて背伸びをしながら、うーんと唸って、長い息を吐いた。
……疲れてるんだろうな。
「咲耶、侯和を運んでやってくれないか」
「分かりました」
「手伝います」
「俺も行きます」
咲耶さんたちが侯和さんを家の中へと運んでいく。
心配そうに見る僕に、貴桐さんが言う。
「大丈夫だ。少しすれば目を覚ますよ」
「……良かった……」
僕は、ホッと胸を撫で下ろした。
「侯和がさ……こんな事するのも、仕方のない事なのかもな……」
「どうしてですか……?」
「うーん……呪術医ってさ……治せなくちゃ意味がない訳だろ。その方法を必死で探して、その為の呪法も同時に構築する。侯和の家ってね……形を模したものを同じものとして機能させる呪法を持っていた家なんだよ」
「それは……侯和さんが自分を修復した呪法ですか」
「ああ。当然、使ったもの自体だっていつかは朽ちるし、破損がないとは言い切れない。その使ったものにも寿命はあるって事。そもそも、動かないものを無理に動かしてるんだ、長くは持たないよ」
貴桐さんは、また長い息をつき、座ると、地面に仰向けに寝転がった。
余程、疲れたのだろう。ずっと、僕が寝ている間も、僕がずっと診察室で蹲っていた間も、探し続けていた。そしてあれだけの力を使ったんだ。
僕は、その隣に座った。
「塔はあらゆる呪法を持った呪術医の能力を、あの中に閉じ込めた……それはさ……侯和が持っていた能力も入っているって事だ。だが、それがどんどん一人歩きして、使うものはやっぱり形を模したものなんかじゃなくて、本物がいいと……そうなったのは、自分のせいだと思っているんだよ」
『あの塔の上階で行われている事は、誰の臓器を移植しても、拒否反応を示す事なく適合させる事……医術と呪術の……いわば実験だ。それは、まともなやり方じゃない。ただの臓器移植なんかじゃなく、生きさせる者と、死なせる者は塔が決めるという事だ』
……侯和さん……あれは自分のせいだって……。
「でもさ……俺……悪いけど、侯和に同情はしねえし……」
貴桐さんは、僕を振り向いてニヤリと笑みを見せて言う。
「責任感じてんなら尚更、逃げさせねえから」
僕は、その言葉に思わず笑ってしまった。
「同感だろ? 一夜。これで自分だけ役割終わったみたいに逃げられても、俺は納得いかねえからな。ふざけんなって話だよ」
貴桐さんって……。
「意地悪ですね。でも、同感です」
なんだろう、ホッとしてしまった。
緊迫していた心と体が、少し解放されて、自然に笑えた。
そんな安心が心に余裕を作ったら、僕がやるべき事が見えてきた。
「貴桐さん……」
「うん?」
「教えて下さい、僕に」
僕は、まだ知らない事がたくさんある。
守らなければならないもの。
そして作っていきたいもの。
誰もが安心を手に入れられるように。
そしてまた……この場所に。この場所で。
もっと多くの人たちの力で、みんなが笑えるように。
「貴桐さんのように、立ち向かえる呪法を僕に教えて下さい」
貴桐さんは、僕の服の背中を引っ張った。
僕は、貴桐さんに引っ張られた勢いで、仰向けに倒れる。
「わっ……貴桐さん、痛いじゃないですか」
寝転がったまま、互いに合う目線。
貴桐さんは、穏やかな笑みを見せて、僕の頭に触れるように手を置いた。
「強くなれ」
貴桐さんの落ち着いた静かな声が、胸に染みた。
僕は、その言葉に頷いた。
目の端に滲んだ涙。また泣いてるって、気づかないで下さい。
これは、弱さなんかじゃないから。




