第27話 残憶
「侯和さんっ……!」
崩れてく。崩れていく。
何をすればいい。どうすれば元に戻せる?
何か……何か使えるものは……方法は……。
そう思考を巡らせるが、愕然とした。
……ある訳がない。
修繕され尽くしたものが崩れてしまったら、そこにあり合わせるものなんてある訳がない。
最初から作り直すしかないんだ。
人を……人を最初から作るなんて……出来る訳がない。
せめて……せめて崩れていくのを遅らせるくらいは……。
せめて……!
脆くなった体に触れると、更に崩れた。
触れる間も少しも与えてくれない……。
これじゃあ、何も出来ないじゃないか。
それに例え遅らせたとしたって、これを侯和さんだといえるのだろうか。
「……どうしよう……どうしたら……」
考えろ……他に方法は……。
「離れろっ……! 一夜っ……!!」
貴桐さんの声が響いたが、その声に振り向くだけで、その場から動けなかった。
地面がジャリッと音を立て始めた瞬間に、咲耶さんたちが僕を強引に侯和さんの元から引き離した。
地面に降り注ぐ月明かりが、侯和さんを中心に円を描き出した。
少し離れた位置からそれを見る僕は、瞬きさえする事も忘れたように一瞬も時を逃さず、目を離す事はなかった。
二重に描かれた円。円と円の間に文字のようなものが描かれ始める。その文字は見た事もなかった不思議な形をしていて、何を意味するのか僕には分からなかったが、一つ一つに大きな意味があるのだろう。
地面を描く光が、月の輝きを奪ったように、月明かりが消えていく。
空は暗く色を落とし、まるで天と地が入れ変わったように、地面から明かりが満ちていた。
その中で崩れ落ち、動きを無くした侯和さんの体が光に包まれていた。
「……もう十分だろう」
そう呟いた貴桐さんは、円の前に立つと、光を操るように手を動かし始めた。
「新たに喚起す。宿した者の姿に於いて、得た肉体は不要とす。直ちに命ずる……返戻せよ」
描かれた円から光が噴き出すように高く上がった。
それと同時に強く風が吹き抜ける。その風に光がブワリと大きく揺れた。
光が強まって、眩しくなった。バチッと光が弾け飛ぶと、地面からの光は消え、月が明かりを取り戻した。
そして……侯和さんがそこで眠っていた。
……元に……戻った……? 体を……取り戻した……。こんな事が……。
「貴桐さん……これは……」
「『彼』は、お前から気を持って行ったんだ。もうそれだけで十分だろう。だから返して貰ったよ」
「気づいていたんですね……貴桐さん」
「まあな……見つけたよ。圭が使った『喚起法円』をな……それは俺の手で消させて貰った」
「喚起法円……?」
「ああ。呼び出す為に必死だったんだろうがな。何個もあった。あらゆるものから探したんだろうが、みんな中途半端なままだ。あれじゃあ、不完全になっても仕方がない。中途半端にしたものが、邪魔をしちまったんだ」
貴桐さんは、呆れたように溜息をつく。
「だが……覚えているか?」
「え……?」
「あの庭の奥にあった大木、更にその先の木のベンチ……何処もみんな、一夜……お前の気が残ってんだよ。お前と圭の気がね……」
……小さい頃に遊んでいた、圭との場所。
圭がいなくなる前も、よくそこで色んな話をしていた。
木に刻んだ僕たちの身長。ベンチは二つあって、大きい方のベンチをどっちが先に座るか競争していた。
「貴桐さん……こんな力があったら……」
「そうだな。だが、俺は人間を作れる訳でもない。返して貰っただけって言っただろ」
「引き入れた力を借りて……?」
「まあな。だけど侯和の体を取り戻す事が出来たのは……」
……絶対に守り通してみせるから。
「心臓が残っていたからだ」




