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第26話 重裂

 どのくらい時間が経っただろうか。外はまだ暗かった。

 少し落ち着いた僕は、窓から外を眺めた。

 月明かりが庭を微かに照らしている。

 ……貴桐さんたちかな。

 そこに見える人影がある事に、なんだか安心を覚えていた。

 手掛かりを探してるって言ってたな。

 なんの手掛かりだろう。

 圭に繋がる事だよね、きっと……。

 それとも他にも何かあるのかな。

 気になった僕は、外へと出た。


 「ああ、一夜。目が覚めたんだな。大丈夫か?」

 外に出た僕に気づいて声を掛けたのは、侯和さんだった。

 「あ、はい。大丈夫です。それより……何をしているんですか?」

 窓から見えた場所には、貴桐さんたちがいた。なにやら地面や木などを見回っているようだ。

 「貴桐がね……気になる事があるらしくてな」

 「そうなんですか……」

 「まあ……呪術といってもそれは限りないだろ? 救う事も出来るし、攻撃する事も出来る。それを更に細かく分類すれば、様々な呪法がある訳だ。その呪法をどのくらい知っているかで、強さも変わるんだろうなって……貴桐を見ていて思ったよ」

 「そうですね」

 「正直、こんな事にでもならなけりゃ、貴桐の事なんて分からなかったけどな」

 そう言って侯和さんは苦笑した。

 「あいつ……ずっと隠してやがった。馬鹿なふり、いつも。俺が見せていた呪法なんて、あいつには分かり切っていた事だっただろう。なのに『お前、凄いな』って。笑えるよ」

 「でも……貴桐さん、本当にそう思っていたんじゃないですか? だって、塔に入ったのは人に与える呪術に何を使っているのか知りたかったって……」

 ……あ……そうか。

 言いながら、僕はハッとする。

 「一夜?」

 「……侯和さん……侯和さんは、何を使ったんですか?」

 「何って……」

 「『彼』に全てを譲ったって言ってましたよね……?」

 あり合わせの材料……ブリコラージュ。

 持っていた『材料』は……?

 そこにあったものしか……使えなかったはずだ。


 「俺は……」


 ゆっくりと僕を振り向く侯和さんは、苦笑を見せたままで。

 その表情を照らす月明かりが憎らしく思えた。


 ……なんでもっと早く気がつけなかったのだろう。

 貴桐さんは気づいていたんだ。

 だからずっと探していた。

 その手掛かりを。


 「『彼』が持っていなかったもの、全て。肉も皮膚も、内臓も血も全て……譲った。今の俺の体は、呪術でその姿を補っているだけだ」


 『もう限界なんだよっ……!』

 あの時、侯和さんがそう叫んだ言葉の意味は、この事だったんだ。


 「……侯……和……さん……」

 侯和さんの体が崩れていく。

 「この体を修復する為に使ったものは……人体模型だよ」


 一日でも長く生き延びる事が出来たなら。

 呪術という神秘に縋らずにはいられないのが人なのだろう。

 それでも。

 この自己犠牲の為に長く生きようとした事は、一時の奇跡だなんて思いたくない。


 「一夜……あの塔の上階で行われている事は、誰の臓器を移植しても、拒否反応を示す事なく適合させる事……医術と呪術の……いわば実験だ。それは、まともなやり方じゃない。ただの臓器移植なんかじゃなく、生きさせる者と、死なせる者は塔が決めるという事だ。例え術式が間違っていたとしても、それを誤魔化す為の暗示を掛ける……。優遇される者程、死を回避出来る可能性が高くなるんだ。俺にはこんな手助けしか出来ない。『彼』を見た時に思った……『彼』を完全なものにし、圭と上階に行かせる事が出来たなら、上階から潰せるんじゃないかと……」

 「だけど……なんで侯和さんがそこまで譲らなければならなかったんですか……」

 「精霊だと分かったら、マズイ事になる。誰も見た事のないその存在に気づかれたら……その力に惹かれ、その欲に全てを持っていかれてしまう。それにあの存在は不完全過ぎた。それこそ実験材料になりかねない。圭も含めて……な」

 侯和さんは、疲れたように長い溜息を漏らすと、空を仰いだ。

 そしてまた僕へと顔を向ける。片目だけになった目は、力なく笑みを見せていた。


 「悪かったな…… 一夜。重いもん背負わせちまった」

 「……待って下さい……まだ何も……だって……これからでしょう……? 侯和さんっ……!」


 僕は、どんどん崩れていく侯和さんの姿を前に、何一つ出来ずにいた。


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