第25話 刻悲
僕の中に『彼』がいた……。
『彼』を圭が呼び出した。その契約の為に自分の心臓を差し出したと。
そしてそれは今、僕が持っている……。
貴桐さんは、そう僕に言った。
驚く事ではあったけれど、『彼』を見た時に感じた思いが、僕を納得させていた。
もう一人の僕。
僕が僕を見ているようだった。
ただ、自分では感じ取る事の出来なかった、あの冷酷な部分が、僕の中にあったものなのかと思うと、恐怖を感じたが。
それよりも圭は、その事に気づいていたというのだろうか。
僕の中に『彼』がいる事を知っていたというなら、いつから知っていたのだろう。
……僕は、何も知らなかった。
塔に行くと言った時も、こんな話はしなかった。
圭が何を思って、ここまでの行動を起こす事になったのか、なんて。
何にも知らなかった。
貴桐さんの言葉の後、間が開いていたが、僕は気を取り直すように答える。
「……そうですか。理解出来ました。僕は大丈夫です」
そう答えていても、上手く表情を作れない。俯きながら答えた僕に、心配そうな貴桐さんの声が降り落ちる。
「一夜……」
……ああ、これじゃダメだ。
僕は、その声に顔をあげた。
もう一度、貴桐さんに答える。
はっきりと言ったつもりだった。
笑みを見せているつもりだった。
僕は、平気だと。心配しないでと。
「大丈夫です」
……笑えるから。
笑って答えられるから。
理解しているのは嘘じゃないんだ。
だから分かって欲しいと思った。
僕を見る貴桐さんの目は、少し悲しげだった。分かってる。だって僕……。
ちゃんと笑えていないんだよね。ちゃんと笑えていないんでしょう?
それでもそんなの気にしないでさ、こいつは何とも思わないんだって、そうかって笑い返してよ。
「そうか」
貴桐さんは、そう答えて笑みを見せた。
……馬鹿だな。僕。
「じゃあ、一夜、悪いが少し家の中を見させて貰うよ。咲耶、等為、可鞍、ついて来い」
「はい」
「分かりました」
「行きます」
馬鹿だな、僕。
思ってる事と同じ事を言われたら。
……もっと泣けてきた。
そんな優しさの方が……本当は。
慣れていないんだ。
なんだか胸に響いて、抱えているものの重さを分かって貰えたって事が、ホッとした反面、もうダメだと寄り掛かりたくなって、それでも少し意地になって、自分を見ないで放っておいて欲しい、なんて都合のいい話。
それを全部、理解してくれた事が、胸を熱くさせた。
貴桐さんたちが診察室を出て行った後、一人残った僕は、その場に座り込んで、声を潜めて泣いた。
貴桐さんが、僕の思いを分かってくれて言ったのも、僕の思いを分かってくれてこの部屋から出て行ったのも、伝わってきたから。
僕が泣くのも、泣くのを見られたくないのも、分かってくれていたから。
「……圭……なんでだよ……」
僕は、胸元をギュッと掴んだ。
「なんでだよ……圭……」
手に伝わる鼓動は、いつの間にか僕の鼓動と重なって。
同時にリズムを刻む。
僕は、その音に耳を傾けて、目を閉じた。
問い掛けたら、答えてくれるか…… 圭……。
……苦しいよ。




