第20話 暗払
「離れてろよ」
そう言った貴桐さんの目つきが変わった。
……初めてだった。人体に特化しない呪術を見るのは。
目に見えないものに貴桐さんは、問い掛けているようだった。
それは。
空間さえも揺らめかせる程の威力で。空に煌く星さえも、暗く落としてしまう。
『俺は、そこにないものを使う』
……何を使ったんだろう。
目には見えないもの。
あり合わせの材料も必要ない。
これは……ブリコラージュ……?
そもそも人体に特化する呪術とは、暗示的効果が大半で、医術を施しながら、又は治療後に行うものだ。
だから両方行ってこそ、意味のあるものとする。
暗示的効果を期待するならば、目に見えての『何かを行った』という事実的要素は不可欠だ。
これを行えば必ず治ると、そこに使う材料は大袈裟に言えばなんでもいいという訳だ。
これは呪術医によってだが。
医術を基本としての呪術があるなら、まともなものだろうが。
口にする文言は、プラス思考的要素を含むものであり、貴桐さんが時に口にするような殺伐とした文言を口にする事はない。
そして……。
何かの力を何処からか得ようと命じる事も。
……命じる。
誰に……?
貴桐さんの指先が、空を切るように動かしながら滑らせる足先は、何かを描いている。
なんだろう……。何かの図形……?
そう思っている間も浅く、貴桐さんが描いた図形らしきものから、カッと光が弾けた。
光の中に立つ貴桐さんは、クスッと笑うと、指先を口元に当て、フッと息を吹き掛けた。
その瞬間に貴桐さんの元にあった光が空へと伸び、広がって這うと稲光を作った。
ゴロゴロと雷鳴が響き始める。
……何もないところから……雷を作った……。
「さあ、行くぞ」
貴桐さんはそう言うと、歩き始めた。
僕たちは、貴桐さんの後を追う。
来たところからとは反対側へと向かって下りた。
さっきいたところからだいぶ離れたと思ったところで、空間を裂く程の大きな音を響かせて落雷した。落雷した衝撃で起きた地響きが、今いるところまで伝わってくるくらいだった。
振り向いてその方向を見ると、その山は真っ赤に燃えていた。
あまりの驚きに、声が出なかった。
……こんな事が……出来るなんて……。
そこにあるものを使う事なら出来るが、何もないところから何かを作り出す事は、驚きしかなかった。
「……何もないところから……何かを作る事が出来るなんて……」
僕は、思っていた事をそのまま口にした。
侯和さんの肩を借りながら歩く僕を、貴桐さんも手を貸そうと隣に並んだ。
「俺は、作った訳じゃないよ」
「え……じゃあ……どうして……?」
貴桐さんは、僕を振り向いてニヤリと笑うと、自分の頭を指差した。
「ここにあるんだ。俺の頭の中にあるもの……お前だって持ってんだろ。それが俺の知識体系って訳。呪術っていうのはさ、一つの思考様式であって、ブリコラージュするという事だろ。その思考は、あるものを呼び起こす」
「呼び起こす……? あるもの……?」
「ああ。まあ俺は、その力を借りているだけに過ぎないがな……俺はまだ、その姿を見た事はない」
「それって……」
「草や木、もちろん人もだが、それぞれに気が宿っていると信じ、その気を動かす……『精霊』だ」
貴桐さんは、侯和さんが僕に言った言葉と同じ言葉を口にした。
その言葉に侯和さんが、貴桐さんをじっと見た。
二人の目線が合ったまま、貴桐さんは侯和さんに向かってこう言った。
「興味あるだろ? 俺の中。お前が知りたかった事と同じようなもんだ」




