第18話 抜
少しずつ、体が鼓動の波に慣れてくる。
体はまだ起こせないが、呼吸も整えられるようになってきた。
ゆっくりと目を開けた僕に、貴桐さんが覗き込むように僕を見た。
「ふうん……そういう事か」
一人納得する貴桐さんは、侯和さんを振り向いた。
「『宿』ねえ……どうりで似ている訳だ」
……『彼』の事か。
「あいつが来た時に分かっていた。何をしに塔に来たのかを……な。呪術医をやっていた家なら、名前を聞けば分かる。柯上と聞いて直ぐに分かったよ……」
「圭の思惑がバレたらって案じた訳か……」
「ああ……圭もそれは分かっていた。だから圭は『彼』を連れて来たと言っていた。だが彼がどんな存在なのかは教えてはくれなかった」
圭が……連れて来たって……?
「彼がいれば、例え分離されても取り戻せると……だけど、圭の側にいさせるには彼には足りないものが多過ぎた」
「成程ね……だからお前は、彼に全てを譲ったっていうのか……だがそれも完璧じゃなかったって訳か」
「……ああ」
「しかし、想像以上にやってくれるね……」
貴桐さんは、僕の前髪をそっと指先で払うと、僕をじっと見つめて言った。
「持っていかれてる」
貴桐さんの指が、僕の額で止まった。
『彼』が指差したように。
「……何……を……ですか……?」
途切れ途切れに声を出し、貴桐さんに聞いた。
『君の中にあるものを一つ……』
「お前の中にある『気』」
「気……ですか……?」
「ああ。その証拠に髪の色……抜けてる」
「え……?」
「白くなってるよ、髪」
「……そう……ですか……」
そんなに驚きはしなかった。そんな事で済んだのなら、それでいいと思った。
一つ、気を持っていかれたとして、圭の心臓を抱えた体の負担以外は、それといって感じなかったからだ。
「お前……気づいていないんだな?」
貴桐さんって……どれ程の能力を秘めているのだろう。
呪術においては、貴桐さんの方が詳しいという事が分かる。
……呪術師か。
医術と呪術が入り混ざって、いつの間にか一つに纏まってしまってから、呪術のみを行う者は信用性を疑われていた。
人体に特化しないその他の呪術は、実体のないものを相手にしていたからだ。
だから……侯和さんは、あんな風な言い方をしたのか……。
「まあいいか。今はそれよりも、ここを出る方が先だな」
「貴桐……どうする気だ?」
「ふん……下層連中などいくらでもいる。俺たちがいなくなったところで、たいした騒ぎにはならないだろう。理由を明確にしておけばいいだけだ。お前ら……考えが変わったなんて、絶対に言うなよ?」
貴桐さんがそう言うと、他の男たちが貴桐さんの後ろに従えるようについた。
「言いません」
「勿論です」
「あなたについていくと決めて来ているのですから」
彼らの言葉に、貴桐さんは笑みを見せると、パキッと指を鳴らした。
「はは。貴桐……そこにないものは、あったとは言えないよな……?」
「当然だ。そこにあるものなら、見る事が出来るだろう。だが俺は、そこにないものを使う。だからここで何が起こっても……何も……誰も証明出来ない」
貴桐さんは、そう答えるとニヤリと笑みを漏らした。
「派手に落雷させるぞ。いいか、ここで俺たちは『死んだ』……どうだ? 明確な理由だろう? 元々俺は、そのつもりで来たんだからな」




