第17話 心
口を開いたら、溢れ出してしまいそうで、力づくでも押さえ込もうと、息もあまり出来ないくらいに両手で口を塞いでいた。
急に僕の中に入り込んだ圭の心臓が、僕の中に馴染めず、暴れているようだ。
……圭。それはそうだよな……持ち主、本人の方がいいって……言ってるよ。
苦しくて、涙が出た。
だけど、絶対に吐き出すもんか。
絶対に。
だから馴染んでくれよ。
……僕の中に。
血の巡りがグルグルと、速くなっているのが分かる。
目眩と呼吸の苦しさに、体を起こしている事が辛くて、僕は地面にゴロンと倒れるように横になった。
「一夜……」
コウさんの心配そうな声が耳に入った。
……大丈夫。
そう答えたかったが、今はまだ、口を開けない。
今開いたら、口から抜け出していってしまいそうだ。
目を閉じた僕は、体の中で交互に響く鼓動に寄り添っていた。
「耐えろ……それが出来たなら、ここを出るぞ」
それはタカさんの声だった。
……タカさんは……どうして……。
「タカ……お前……なんでだ……?」
僕の疑問をコウさんが聞いた。
「その名で呼ぶなと言っただろう、侯和」
「分かってたって言うのかよ……本気かよ……」
「知らないと思うなと、俺は言ったが?」
「まさか、ここに来る事になったのは、お前の仕業だなんて言うんじゃないだろうな?」
「呪術の全てが人体に特化していると、思っていた訳じゃないだろう? まあ、初めから自然環境って言っていたし、な?」
「はは……まんまと騙されたな……」
「俺は、呪術医とは違う。ただの術師だ。だから塔じゃ下層にいて当然って訳。医術は全くもって知識はない。なんでそんな奴が塔にいるかなんて、面白いだろ?」
「どうするつもりだ?」
「ふん……野暮な質問だな。下層連中が皆、ただ上に従うだけの馬鹿だと思うなよ。本音と建前、使い分けて、そんな中で信じられるもん探してる奴もいるんだよ。下層だから見えるもんがあるって事だ。まあ、俺はそれでも外に出たかったしな。ブロックにも入れない術式を持たないんじゃない。ブロックの術式にあるもんが欲しい訳じゃなかったからな。ただ俺は、人に与える呪術に何を使っているのかを知りたかっただけだ」
「タカ……お前……」
「だからな、その名で呼ぶなって何回言わせるんだよ? 俺の名前、忘れたのか?」
「行嘉 貴桐。忘れる訳ないだろ」
「はは……久しぶりに聞いたな。お前に初めて会った時以来だ」
コウさんとタカさんの会話。なんだか心地良かった。二人には二人の、互いに持っている思いが、伝わってくるようで、僕と圭に重なるようだった。
ああ……侯和さんと貴桐さんって呼んだ方がいいのかな。
体の順応を待ちながら、苦しさの気を紛らわせるように、そんな事を考えていた。
貴桐さんの声が続いた。
「塔は集められるだけの呪術医を集めた。勿論、塔に準ずる者の呪術医をな。塔に屈する事なく、自身の主義を貫こうとした呪術医は、知ってのように、排除だ。それが他に何を意味するか……侯和、お前が言ったように、それ以上、それ以下もないって事。新たなブリコルールが生まれても、塔に入らなければ、そんなものはなかったものと同じだ。それだけでも分かるだろう? あの塔が誰の為に存在しているのかって事が」
「ああ。こんな窮屈な状況下で、自身の主義を貫くブリコルールはいない。逆に、本当にその主義を貫ける程のブリコルールがいないとも言えた。だけど……やっと見つけた……見つけたな……貴桐」
「……ああ」
なんだか、期待されちゃったみたいだよ……圭。
一人じゃないって分かったら、安心した。
僕は、心臓に触れるように、胸に手を当てた。
……圭。
僕が圭を守るから。
圭は、ここで……僕の中で待っていて。




