第16話 印
「圭……!」
圭の姿が薄れていく。
僕は、圭を繋ぎ止めようと、頭を抱えた。
当然、実体として目の前にその姿がない事に、圭を繋ぎ止める事が出来なかった。
「じゃあな…… 一夜。それだけは絶対に誰にも渡さないでくれよ」
「圭っ……! 待って……! 待ってよ……!」
頭の中で追い掛けても、その手を掴む事など出来やしない。
「印って何? 待ってくれ……圭……!」
僕の叫びも虚しく、圭の姿は頭の中から消えていった。
それと同時に、彼の声が頭の中で響く。
「君から一つ……そして僕から一つ……きちんとお分けしましたよ」
そして彼も、そのまま姿を消してしまった。
「……分けたって……何……」
そう呟いた途端、心臓がドクンと激しく鼓動を響かせた。
「うっ……」
あまりの激しさに一瞬、息が苦しくなって、膝をついた。
「一夜っ……!」
コウさんが僕の元に駆けつける。
「大丈夫か?」
「息が……心臓が……やたらと大きな音を響かせる……まるで……」
僕は、息を整えようとしたが、体の急な変化に追いつけず、震え始めた。
そんな僕にタカさんも近づいて来た。
「心臓が二つあるみたいにか?」
そう言ったのは、タカさんだった。
僕は、ゆっくりと顔をあげてタカさんを見上げた。
タカさんの言葉に驚いてはいたが、体が反応に追いつかないと分かっていた僕は、これ以上、心臓に負担を掛けないようにと感情を抑制した。
タカさんは屈むと、僕と目線の高さを合わせた。そして僕の手を掴むと、手を僕の胸へと当てさせた。
「分かるか?」
「……どういう……事……」
そうは言っていても、分かっている事がある。
手には鼓動が交互に伝わってくる。
パニックを起こしそうな程、怖さも感じてはいたが、これがどういう事なのか、知らないままでいる訳にもいかないと分かっている。
彼らに会った時に聞いていた言葉が、頭の中で弾け続けて。
それがどんな状況を作っているのか、理解を強制してきた。
『分離』
……もう……どうしたらいいのか……。
これを受け止めろって……。
圭……なんで……?
なんでこんな事に……? なんでこんな事を……?
こんな事をしなければならない程なのか。
抑えようとしても、抑えきれなくて。
小刻みな呼吸が、肩を震わせる。
……僕の中に……圭の心臓がある。
そう気づいてしまったら。
「わああああああああああああーっ……!!!」
この体が破裂してしまうかもしれないと思っても、叫ばずにはいられなかった。
降り落ちた闇に響く僕の声は。
圭に届いたのだろうか。届くのだろうか。
苦しくて、苦しくて、苦しくて。
この苦しみを吐き出してしまいたくても。
吐き出してしまったら、僕が圭を消してしまいそうな気がした事に。
「うう……」
止まらないどころか、膨らみ続ける苦しみが、僕の中から溢れ出してしまわないように、歯を噛み締め、口を両手で押さえた。
閉じ込めるんだ。僕の中に。
もう……吐き出さない。
「……うう……」
吐き出すもんか。
僕は、口を押さえたまま、蹲った。
絶対に、吐き出すもんか。
だって。
『約束』だ。




