第14話 彼
鋭い目で僕を睨むタカさんは、僕に向かってスカルペルを突き付けた。
……やはり塔……普段からそんなものを持っているのか……。僅かに触れただけでも、皮膚が切れる。
「……それは……やっぱり排除するという事ですか」
僕は僕で、怯む事なくタカさんを睨みつけた。
こんな危機的状況の中でも僕は、切られた時に何を使うかを考えていた。
体も押さえつけられたままで、この距離では逃げる事も出来ない。
首を切られて出血量が多ければ、意識を保っていられるのは、十五秒程度……。瞬間的に痛みよりも先に、気が動転して思考がストップする。それだけは避けたいが……出来るか……。切られた瞬間に直ぐに対処出来なければ、本当に終わりだ。
それとも雷の力を利用して、この近くに落雷させ、地面から彼らを感電させるか……。
ああ……それじゃあコウさんも巻き込む事になるな……。
僕は、瞬間を見逃さないように、タカさんから目を離さなかった。
「排除? それは塔の関与なしに、新たな主義を貫こうとする奴を言っているのか? 俺は何も見ていない。お前らもそうだろう?」
「はい、タカさん」
「勿論です」
「何も見ていません」
僕とコウさんを掴んで離さない男たちは、口々にタカさんに同意する。
「……どういう……事ですか……?」
僕は、眉を顰めた。
「そこにないものは、あったとは言えない。だから『宿』なんてものは存在しない」
「タカさん……!」
タカさんの手に力が籠もった。
……切られる。
その瞬間は、頭の中で冷静に判断出来た。
頭の中でやるべき事を構築し、呪文を口ずさもうとする。
同時にうっすらとした、白い光が目に映った。
……なんだ……?
それは一瞬の出来事で。
轟く雷鳴は、辺り一面を照らす程の稲光を走らせて、地鳴りを起こして落雷した。
落雷したと同時に雨が、溜まっていた水を落とすようにバシャンと一度だけ降り落ちた。
何処からか声が聞こえてくる。
「……君たち……離れて貰えますか……」
誰一人として感電する事も、傷つく事もなく、彼らを制止するように起こされたものに思えた。その後は雷鳴も雨も止み、シンと静まり返った。
「離れて……」
その声はとても小さな声だったが、耳に残る程に響いて聞こえた。
タカさんたちが、僕から離れ、コウさんからも手を離した。
「あ……」
僕は、思わず声が漏れた。
『似てるんだよな』
……この人が……『彼』なのか……。
彼をじっと見つめたまま、目を離せない僕に、彼が近づいて来る。
その姿は、透き通るような白さを持っていて、僕よりも少し髪が長く、僕よりも目が蒼かった。
彼の表情は、一切の感情を見せていない。彼から温度が感じられない。
近づけば近づく程、自分によく似ていると分かる。
僕と同じ顔……。
「あなたは……誰なんですか……?」
彼の方こそ、僕を見て何も思わないのだろうか。
自分と似ている者が、ここにいる事に。
いや……だけど……。
僕は、ちらりとタカさんに目を向けた。
タカさんは、コウさんと何か話している。
……タカさん……わざと……?
僕は、タカさんの思惑になんとなく気づくと、彼へとまた視線を戻した。
彼は、じっと僕を見たままで、やはりその表情に感情はなかった。
そして、無表情のまま彼は、僕の問いにこう答えた。
「僕の事を知りたいのなら……君の中にあるものを一つ……分けて貰えませんか」




