根源
「貴……桐……さん……」
見えない壁を叩き続ける咲耶さんの声が、掠れていく。
伸ばした手が届かない苦しさは、僕も知っている。
だけど、僕たちにその場を触れさせないようにも阻まれた事に、咲耶さんの様子からも貴桐さんが結界を張ったのだと分かった。
「あなたに……ついて行くと言ったでしょう……? 貴桐さん……」
咲耶さんの吐き出す声は、苦しさに掠れていた。
来贅に押し倒された貴桐さんの口が動くが、二人が何を話しているのか聞こえなかった。
近づけないだけでなく、声まで聞こえないなんて……。
貴桐さんの上に被さるように乗った来贅の手は、貴桐さんの胸を圧迫している。
貴桐さんが何か言葉を吐き出す度に、貴桐さんは血を吐いた。
「……貴桐……さん……」
弱くなっていく咲耶さんの声が酷く悲痛だったが、訊かずにはいられない。
「どういう事……なんですか……咲耶さん。何故、貴桐さんは……」
「……」
咲耶さんの目線は、ずっと貴桐さんに向いたままで、叩く手は、力が弱まろうとも動きを止める事はなかった。
その手には血が滲む程で、痛みを感じていても、自身の傷など問題にはならないのだろう。
結界を破ろうと放つ力が、全て自分に返ってくる。それでも。
届かないと気づきながらも繰り返す。
これでは……咲耶さんが……。
「咲耶さんっ……!」
僕の声が耳に入らない程、意識が集中しているのだろうが、大声を出した僕をゆっくりと振り向いた。
僕を振り向く咲耶さんの目は、あの時見た赤い瞳だった。
「……咲耶さん……」
「何故……僕が……宿になったのか……お話しましたよね」
「……はい」
「等為と可鞍が、人としての姿を持って現れたのも……お話ししましたよね」
「どうしたんですか……何故……そんな事を急に……」
「一夜さん……あなたも」
「僕……ですか……? あ……『彼』の事……」
「そして……そこにいる『綺流』も」
咲耶さんは、貴桐さんの方を気にしながらも話し始めた。
「『精霊』の存在も、その力を得る為にはどうすればいいのかも、先人あっての事です。それが伝えられ、起きる事象に説明がつくと、知識媒体になる……逆に言えば、起きる事象に説明をつけなければ、知識媒体にならないのです」
「それが……これって訳か。だから貴桐は……」
侯和さんは、床に落ちている書物を拾うと、咲耶さんに見せるように向けた。
「はい」
「理解させる為のロジック……いや、理解する為のロジックだな。だから……仮託だと言うんだろ……?」
「それを使って何も起こらなければ、その書物に価値があるとは言えず、それを使った事で起きる事象があれば共有する事が出来るものにもなる……ですが……その始まりは、何処にあったと思いますか。その存在を証明するものの始まりの事です」
「初めから存在しているもの……根源的原理って訳だな……」
侯和さんのその言葉は、頭にスッと溶け込むように馴染んでいた。
侯和さんの言葉が、僕にとっての影響を示すようで。
『気』を宿す『宿』の存在。『気』であるものが、その姿を『表す』事が出来る理由がすんなりと理解出来る言葉だった。
「アルケー……か……」




