模倣
ふと、差綺の言葉が頭に浮かんだ。
『僕は、終わりの為に闘わない。始まりの為に闘うんだよ』
でもそれはきっと、意識的に思い出したものだ。
「一夜っ……!」
僕を助けようと間に入る圭。
「圭!」
圭を止めたのは貴桐さんだった。
貴桐さんは、圭を僕と来贅から引き離す。
「なんで……! なんで止めるんですか……貴桐さん……! あなただってこんな事は望んでいなかったでしょう……!」
圭は、どうにかして貴桐さんから逃れようとするが、貴桐さんは圭を離さない。
「一夜……お前を使えって……こんな事なのか……! 貴桐さん! 離して下さい…… 一夜が……離せっ……!」
「望まないものだからこそ、掴むしかねえんだよっ……!」
張り上げた貴桐さんの声に、圭の動きが止まる。
「どういう……意味ですか……望む事……全て……思いのままに……そう願ってきたものを……否定するって事ですか……その思いを遂げる事を……否定するって事ですか……」
貴桐さんの言葉に愕然とした様子の圭は、途切れ途切れに言葉を返した。
「そうだよ……圭……」
僕は、来贅と睨み合ったまま、圭にそう答えた。
来贅の手に力が加わって、僕は咳き込むと、苦痛に顔を歪める。
「一夜……!」
圭に伝えたいが、息が止まる程の苦しさで声が出せなくなった。
そんな僕の代わりに貴桐さんが圭に伝える。
「お前だってそうだっただろう、圭。お前が塔に入る事は、望んでいた事だったか? それは一夜も、勿論、お前も」
「……貴桐さん……俺は……」
口籠る圭に、貴桐さんは直ぐに言葉を返す。
「それだって手段だったと言えるだろう。最終的な目的の為に、必要な手段で、最終的に納得するしかなかった手段だろ、互いにな。違うか?」
「……っ」
圭は、貴桐さんの言葉に、声を詰まらせていた。
圭にだって分かっている事だろう。
圭も僕も……そんな事、望んでなんかいなかった。
ただ……そこに目的があったから、そうするしかないという覚悟を持っただけだ。
だから僕がこうして来贅の心臓を掴んでいるのも、手段だ。
貴桐さんの声が続いた。
僕は、その言葉を聞きながら、掴むその手に力を込めた。
「だから……敢えて掴むんだ。圭……お前だってそうだろう?」
僕が自分で言った言葉を、貴桐さんは当然分かっていた。
『望まないものを掴む……敢えて、だ』
そこにあるのは否定で。
そうであってはならない事だ。
『共感だよ……分かってるね……?』
『そこに何が含まれているという事も……大丈夫だね? 一夜』
……差綺。
同じ呪いをこの手に今、掴んでいるのなら。
互いに同じ結果を招く事になる。
来贅が自分の心臓を潰すように掴ませたのは、それも当然、来贅にとっての手段だ。
一度、接触した者は、互いに作用するのだから。
そうであってはならない事を、互いに引き寄せる。
そして、この行動には、もう一つの理由がある。
僕と来贅から流れ落ちる血が、圭が描いた円の上に広がっていく。
僕の後ろについた綺流に、来贅の目がちらりと動いた。
「私に……模倣……と言っていたな……」
ゆっくりと僕に目線を戻しながら、来贅はそう言った。
互いに向ける目線。表情は互いに苦しさを隠せない。
本物は一つ……その姿も一つ……。
意思を持ってそこに存在したもの自身には。
「では訊くが……お前自身が模倣だとしたら……お前はそれをどう否定する……?」
否定を掴む理由を存在させる。




